atelier HIBARI

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When I Think Of You - Print Jewelry

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リング(正方形)



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リング(長方形)




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ペンダント(正方形・長方形)




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ピアス(正方形のみ)




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ピン(長方形のみ)

© 2013 atelier HIBARI + atelier aroi



2月にタンバリンギャラリーで開催した個展「When I Think Of You」 から
派生した版画入りジュエリーをatelier aroiの赤塚彩さんと制作いたしました。
このジュエリーは2次元の版画の世界(空想)と3次元の私たちの世界(現実)を
結ぶというコンセプトを持つジュエリーです。
物語り「When I Think Of You」の登場人物の想いを身につけて頂けると嬉しいです。

このコラボレーション作品は引き続き制作・販売をすることになりました。
ご興味のおありの方はお気軽にお声がけください。




/// 版画ジュエリー
When I Think Of You

エディション:
各50 エディションナンバーとサイン入り

素材:
2種類
□シルバー
□真鍮

サイズ:
□正方形 1.5センチ×1.5センチ
□長方形 1.7センチ×2.2センチ

絵柄:
8種類

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値段:
□シルバー
ピアス    16000円
ペンダント  13000円

ピン     10000円

リング    10000円

□真鍮
ピアス    8500円

ペンダント  6500円

ピン     6000円

リング    6000円




デザイン:
atelier HIBARI 中村菜都子

制作:
atelier aroi 赤塚彩

注意:
ジュエリーの中には紙に刷った「版画」が入っています。
水気に弱いので、洗い物、入浴の際にはご使用にならないでください。



/// お問い合わせ
atelier HIBARI 中村菜都子
natzcoco@hotmail.com

受注カード
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by atelierhibari | 2013-03-27 15:19 | Shopping

When I Think Of You - Book

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2月にタンバリンギャラリーで開催した個展「When I Think Of You」 にて
手製本のカタログを30部限定で制作しました。
ご興味のおありの方はお気軽にお声がけください。

/// 手製本カタログ

When I Think Of You

部数:
30部限定

値段:
2000円

用紙:
ハーフエアコットン
トレーシングペーパー
ヴァンヌーボーVCホワイト

印刷:
株式会社グラフィック

製本:
並製本 atelier HIBARI


/// お問い合わせ

中村菜都子 atelier HIBARI
natzcoco@hotmail.com
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by atelierhibari | 2013-03-22 14:01 | Shopping

Sophie Calle

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左:ソフィ・カル 右:質疑応答で「個人的な質問は?」と問われ、私は「私の作品を受け取り、貴方の著書にサインをください」と伝えた。
笑って快諾してくれた。 「菜都子へ、'個人的に' ソフィ・カル」


3月20日(水)より原美術館で開催されている、ソフィ・カルの「最後のとき/最初のとき」と
それに先駆け日仏学院で行われた関連企画 トークショー&上映会
(トークショー・ゲスト:杉本博司(現代美術作家))に3月16日(土)に参加してきました。

彼女の作品を知ったのはいつ頃なのか、
彼女の作品をどこかの美術館でみたことがあるのか、
あまりはっきりとした記憶がない。
いつの頃からか、大好きな女性現代美術家の一人となったソフィ・カル。

フランス人らしく、美しく洗練されてエスプリのきいた作品。
映画「アメリ」のようないたずら心のある作品。
自分自身や自分を取り巻く人々を記録した作品。
多くは写真と言葉を用いた物語性の高い作品。
現実、虚構、アイデンティティー、コミュニケーション、記憶、視覚、認識。

彼女が展覧会を機に日本でトークショーを開催すると聞き楽しみにしていた。
あいにく予約を取ることが出来ず、キャンセル待ちの列に並ぶことになった。
「会場に入れる!」と根拠のない確信を持っていた。こういう時の私の勘は大抵あたる。
案の定、何の苦もなく会場に入り、かなり良い席で彼女の話を聞くことになった。

まずは1992年に制作されたロードムービーのような
ナラティブなドキュメンテーション「DOBLE-BLIND」を鑑賞。

その後、写真家の杉本博司氏とのトークショー。杉本氏の時々ジョークの
交ざる英語でのトークショーはとてもフレンドリーで分かりやすかった。
お二人が長年の友人、気の置けない同士、お互いを尊敬している様子が分かった。

トークの中で、杉本氏が
「アーティスとは物事をツイストして見る、嫌なやつでなければならない、ソフィのように。
いい人としてのアーティストは二流」というようなことをおっしゃった。

確かに、アーティストは既成概念や固定観念に縛られず、オリジナルな視点や切り口で
物事を解釈し思考を作品に昇華させなければならない。
けれども嫌なやつになる必要は無いのではと正直思った。
もちろん杉本氏は面白可笑しく、言葉のあやとして言ったまでだと思うけれど、
会場にはそういうことを鵜呑みにする若いアーティストも沢山いたように思うので
少し気になった。アートであれ、デザインであれ、どの世界でも、
人と気持ちよく関われる、コミュニケーション能力の高い人々が生き続けていると思う。
現に、嫌なやつ代表アーティストのような言われてしまったソフィ・カルも、
私が最後にした個人的なお願い「私の制作した2冊の本を受け取ってください。
そして私が持ってきたあなたの2冊の本にサインをください」に笑顔で快諾してくださった。
握手をし一緒に写真もとってくれた。私の後に続く長蛇の列に嫌な顔ひとつせず対応していた。
作品には異なる切り口と大胆な行動力、人には心地の良いコミュニケーションとホスピタリティー
それが一流の一流たる所以なのかなと思った。

昨日、原美術館へ「最後のとき/最初のとき」を見に行った。
最後のときは「最後にみたもの」2010を表し、最初のときは「海を見る」2011を表している。

「最後にみたもの」2010はとても痛々しかった。盲人に失明した時のこと語ってもらい
盲人のポートレート、文章、最後のシーンのランドスケープ写真で構成されていた。
もし、自分が失明したらと考え、目を閉じてみたり、いずれは視力は失われていくこと、
最近急激に視力が上がり両目ともに1.5 になったこと、などを脈絡なく頭の中に並べてみた。
障がいや障がい者について考えることや
見えないことで見えてくること、見えていることで見えないでいることなど
私たちの心の持ちようにこのテーマを重ねることもできるけれど、
ここでは単純に視力がなくなったら?見えないということとは?
について言及しているように感じいた。
私の今の生活から視力が失われたら一体何がのこるのだろう?
きっと何らかの方法で作品を作り続けるのだろう。

「海を見る」2011は10の映像を同時に上映したビデオインスタレーション。
映像は初めて海を見る人々の後ろ姿から始まり、彼らが振り返るところで終る。
よせてはかえす波の音と美しい水平線、この人たちは一体何を思い初めての海を
眺めているのかと思う反面、美しくまとまった映像を撮る為に、作為的な指示が
与えられているように感じてしまった。メインルームの隅にあるサンルームに
少し毛色の異なる「海を見る」作品が1点展示されていた。
5人の子どもが手をつなぎ海を眺めている。大人達同様、一定の時間が過ぎると
一人ずつ静かに振り返る。と本来ならここで作品は終了なのだけれど、この後、
OKをもらった子ども達は一目散に海へ駆け寄り、衣類を着ていることも構わず
海の中へと入って行く。もし、人々が初めて海をみたら、きっと一目散に飛び込んだり、
味見をしてみたり、裸足で砂浜に立ち下を向き地面が動いてるような
感覚を楽しむのではないかと思った。
今回は映像のみでしたが、初めて海を観た人々の言葉もきいてみたいと思った。


これらの作品は第12回イスタンブールビエンナーレに関連した作品のようでした。
パリ、ベネチア、カリフォルニアなどこれまでは様々な所で暮らした
彼女の日常から生まれた作品が多い中で、彼女の生活の場ではないイスタンブールで
彼女の体験することのない「盲目」というテーマを客観的に捉えている所が印象的でした。
彼女自身これらのプロジェクトを通し、どのようなことを感じたのでしょうか?
また、彼女に会う機会があれば是非聞いてみたいと思う。

最後にこの作品を観て、私の個人的な記憶が蘇った。
山に囲まれた町出身の一人の青年が海に憧れ港町に好んで住むということを話してくれた。
その青年とはとくべつ親しくも遠くも無い関係だったのだけれどその青年の言葉を思い出した。
その青年が近くの港町から遠くの港町へ引越をした数ヶ月後
ひょんなことから私もその遠くの港町を訪れることになった。
けれども、その青年に会わずしてただその町の群青色の海と空の水平線だけ眺めて帰ってきた。

これからも、私に多大な影響を与え続けるであろうソフィ・カル。
今回会うことが出来たことがことをきっかけにますます彼女の動向に着目したい。
ハラミュージアームアークでの「紡がれた言葉」ソフィ・カルとミランダ・ジュライ
もとても楽しみ。早いうちに観に行きたい。


ーーーーーーーーーー


「盲目の人々」1986
生まれつき目の見えない人々に、美のイメージとは何か、と問いかける作品
「私がみた最も美しいもの、それは海です」と答えたひとりの盲目の男性の言葉に触発された
視覚、認識に関するカルの問いの旅が下記の作品

「最後にみたもの」2010
失明した人々を取材し、写真と言葉で綴った作品

「海を見る」2011
生まれて初めて海を見る人々の表情を捉えた映像


私はイスタンブールに行った。そして盲目の人々に出会った。
多くは突然視力を失ってしまった人々だった。
彼らが最後に観た物を話してくれるよう頼んだ。

私はイスタンブールに行った。
水に囲まれたその町で、一度も海を見たことがないという人々と出会った。
私は彼らの '最初' を撮影した。

ーソフィ・カル



原美術館プレスリリース

ハラミュージアムアークプレスリリース
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by atelierhibari | 2013-03-22 11:39 | Exhibition

Spring Strolling

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田無なおきちのガパオ

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左:いわさきちひろ美術館へ行く途中立ち寄った駄菓子屋さん
美味しい氷砂糖は太平洋戦争中の兵隊さん達がカンパンと一緒に常備していたという
「氷砂糖をなめていれば喉が渇かないんだよ」と駄菓子屋のおじいさん
右:いわさきちひろ美術館、ちひろの庭



あまりに天気がよいので春のお散歩。
さっちゃんおすすめ田無なおきちでガパオ、コーヒー&ケーキのランチセットを注文。
この小さなカフェでは展示やワークショップも開いたりしているようです。
カフェ所蔵の沢山の本や雑誌の中から、佐野洋子さんの本を何冊か手にとり暖かな昼下がりを満喫。
食事の後も日はまだ高く、そのまま西武新宿線に乗りいわさきちひろ美術館へ。

いわさきちひろ美術館はひょっこり行きたくなるスポット。
美しい花をまとった童画を拝見するのはもちろん
再現されたアトリエや庭を訪れることも好きです。

かわいらしい風貌と作風からは想像もできない
厳しい人生体験とそれにより培われた芯の強さを持ったいわさきちひろ。
だからこそ、母性あふれる女性らしい作品を短い人生のうちに次々と生み出しました。

私は優しくて強い女性に憧れます。
ですから時々ここに来ては彼女からエネルギーをもらいます。
ちひろの庭の花々も生き生きとしていました。
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by atelierhibari | 2013-03-20 14:47 | Everyday life

11.03.2013

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Objects by Hand and Soul
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by atelierhibari | 2013-03-11 14:46 | Aftermath

As usual

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個展最終日、搬入後に友人らとお酒を飲み芸術談義。終電で帰るつもりが
乗り過ごし、スーツケース、バックパッグ、ななめがけバッグのホームレスルック
もしくはロバルックでボロボロの体をずるずる引きずり、無機質な町光が丘の
果てにあるジョナサンに辿り着き、始発電車を待つの図。



ゴミ箱のような部屋でドロのように眠り
ナマリのような体を引きずって1日の始まりを迎える。
1分1秒がおしくてその日1日バタバタと駆け回る。

という数ヶ月が終わり、少しずつ静かな生活が戻ってきました。
バタバタでゴチャゴチャの毎日はなるべくなら送りたくないけれど
そうまでしても、したいこと、できること、があるということは、とても幸せ。
そうまでしてやるからこそ、得るものも沢山ある。

しばらくは、生活を整え、落ち着いた穏やかな日々を送りたいです。
ささやかなこと、ちょっとしたこと、に目をくばれる、そんな毎日。

春一番到来、花粉と黄砂で目がしょぼしょぼですが
部屋の中で暖かな春の日差しを楽しみたいです。
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by atelierhibari | 2013-03-02 12:41 | Everyday life