atelier HIBARI

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Birthday wishes

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今年も桜が満開のお釈迦様が生まれた日に
無事誕生日を迎える事ができました。

今年は友人達が横浜で展覧会を開催していたので
そちらに便乗し、アートと桜と素敵な友人達と
美味しいバースデーケーキを頂きながら
楽しい時間を過ごすことができました。
私無しで新宿三丁目でお誕生日会同時開催という
面白いおまけ付きでした。
(本当にありがとうございました!)

幾つになっても、お祝いをして頂けるのは嬉しいものです。
これからも、年齢を気にせず楽しく年を重ねたいと思います。
毎日が楽しい事の連続ではないけれど
いつも笑顔で自分らしくいられるよう心がけたいです。

沢山のお祝いのお言葉ありがとうございました。

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京都の友人から
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by atelierHIBARI | 2012-04-15 23:47 | Everyday life

" What can the art do? "

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3月24日、六本木アートナイトに行ってきました。
昨年、楽しみにしていたのに震災で中止になってしまい
今回、やっと訪れる事ができました。

六本木アートナイト、バブル期の残り香がしたのは否めないけれど
普段アートに触れる機会のない人々にも、気負いなく、お祭り気分で
アートを身近に感じてもらえる良いイベントだと思いました。

ただ、一晩で巡るには規模が大きすぎる気もしました。
もう少し、春の夜をアートと共にゆったり過ごせるぐらいの規模でも良いのかなと。
美術館の入場料は無料で、一晩中開館していると思っていましたが
そうではなかったのでそこも少し残念でした。
(なぜそう思ったのでしょう? 以前はそうだったのかな?)

今回、このイベントを訪れた1番の目的は友人らがコーディネートをつとめる
「ぼくらの未来美術〜深夜教室」というイベントを聞きにいくことでした。
全国の美術学生が震災後「アートに何が可能か?」をプレゼンテーションする場でした。
(といっても、このイベントの関連大学の学生さんがメインでした)

終電で帰るため、24:30の閉幕まで拝聴する事はできませんでした。
私が帰った後で素晴らしいプレゼンをした学生さんもいたかもしれません。
けれども、正直な感想として、学生さんたちのプレゼンは
与えられたテーマに対してのコンセプトが浅く感じられ、
また、プレゼンテーションがあまり得意ではないように感じました。

伝えなければいけない、一番大切なところがあやふやにみえたり、
プロセスが面白いのに、それをとばして成果物だけ見せてしまったり、
もじもじ照れながら話したり、表情を変えず淡々とぼそぼそ話したり。
自分が暖めてきたアイデアが選ばれ、晴れて発表の日となったのだから
もっと明るい表情で、自信をもって、聞いている人々を引き込むような
熱を帯びた発表できたら良いのにと思いました。
どこの学校の学生にとっても「伝える」という事を学び、発展させる事が
共通の課題なのだなと思いました。

次の日に3331ARTS CHIYODAでは、「ぼくらの未来美術〜深夜教室」のコーディネートを
つとめていた東北芸術工科大学の美術館主任キュレターの宮本武典さんも参加していた
シンポジウム「つくることが生きること」が開催されました。実際に震災に遭われたアーティストや、
被災地でボランティア活動をしているアーティストのリアルなお話を聞く事ができました。
ここではアーティスト以前に人として何ができるか?というお話をされていました。
とても現実的かつ社会的でとても素晴らしかったです。

「つくることが生きること」

学生さんたちも、このような話を聞いたり、体験していたりしていれば
(している人もいたかもしれませんが)
もっと、テーマに沿った、現実味を帯びた、想像性に富んだ
アイデアを出すことができたのではないかと思います。

アートに正しい答えはないし、答えを見いだそうという事すらおかしなことなのかなと思います。
テーマやコンセプトは作家に委ねられ自由であるべきだとも思います。
それらは、とても個人的な何かでもいいし、社会的、歴史的、文化的な何かでもいいと思います。

ただ、発表するからには、そこには鑑賞する人々がいます。その人たちに、何か、例えば
「?」でも「!」でも、何かを感じさせるものであるべきだと思います。
そして発表の先には「?」や「!」を自由に語る場がある事も大切なことだと思います。
それが、一見無くても誰も困らないと思われがちなアートが社会や文化をつくる
大切なエッセンスだということを伝える事につながるのだと思います。
アートの可能性、延いては世の中の可能性を広げる役目になるのだと思います。

「そんなの関係な〜い」って思うのなら、ヘンリー・ダーガーのように、作品を押し入れにしまいこみ、
一生自分の為だけに制作していればいいのです。それはそれで良いと思います。

今回、学生さんたちは、きっと一生懸命制作し、発表をしたのだと思います。
けれども、上記のような事をふと思ってしまいました。
今回は「震災後の」という言葉が頭についた、とても繊細で真剣(真剣にはまじめに、堅物に、
形式張ったというのではなく、もちろん、そこにユーモアがあってもいいと思います)に
取り組まなくてはならないテーマだったにも関わらず、プレゼンターの発表は
そこまで深く考えを巡らせているように感じられなかったので、このように思ったのかもしれません。
最後に、審査員は国内外に名を連ねる有名アーティストでしたが、
震災に遭われた人、遭われたアーティスト、震災後に被災地に出向き何らかの活動をしている方々が
審査をつとめた方がより良い講評会になったのではないかなと思いました。

震災後、沢山の人々が様々な活動をしています。若いデザインやアート学生の方々が
どのような事を考え、感じているかを知る事ができ、とても有意義な春の夜を過ごす事ができました。
来年はどのようなテーマに望むのかな?また、話を聞きに行きたいと思います。

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普段はこのような場で批判的な事を書かない私ですが
今回ばかりはちょっと辛口だったかもしれません。
それは、やっぱり、私が先生だからかな?
(先生と言う言葉も、そう呼ばれるのも抵抗ありますが...)
それだけ、アートやデザインを学んでいる人たちに
私の思う事を率直に伝え、意見交換をしながら
一緒に学んでいきたいという気持ちが強いからかもしれません。
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by atelierHIBARI | 2012-04-04 01:01 | Exhibition