atelier HIBARI

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All Day 23 Wards

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3月11日、東日本大震災1周年の日に遊工房アートスペースで発表された
宮城県出身の現代美術家、守章さんの作品に参加 / 鑑賞してきました。

展覧会タイトルは『終日二十三区』。
この展覧会前後とても忙しくしていた私は何の情報も得ず
当日、待ち合わせの小竹向原駅周辺の環状七号線で
同じく展示に招待された、イギリス人男性と守さんを待っていました。
しばらくすると、見慣れた路線バスが環七の傍らに停車しドアが開きました。

中には見知った友人達が、まるで遠足でも行くかのように
朗らかに、楽しげに乗車していました。

「バスの中で何かが起きる」と思っていたのですが
特別な何かが起きるでもなく、街頭スピーカと呼ばれる防災行政無線の
聞き慣れた「夕焼け小焼け」が淡々と流れていました。

途中トイレ休憩などを挟みながら、友人や参加者をピックアップしていき
立ち止まった公園近くで14:46を迎え、防災行政無線による
「黙祷」の合図に従い、しばし目を閉じお祈りをしました。
いよいよ遊工房アートスペースに到着です。

ギャラリーには主な作品が1点展示されており、片隅に置かれたスピーカーからは
車中の音がSkypeを通し流されていました。バスの中が存在でギャラリーの中が不在。
ひとたび人々が下車し、ギャラリーの中に移動するとその二つの空間の特徴が逆転します。
バスの中が不在になり、ギャラリーの中が存在になるのです。

私たちが生活の一部として何気なく聞いている、防災行政無線から流れる「夕焼け小焼け」
これらは、非常時に私たちに正確に状況を伝える為のテストとして毎日流されているのです。
守さんがこの防災行政無線から流れる音に興味を持ったのが2003年。
その頃集められた音を一枚のCDに作品としてまとめていました。

今回の展示『終日二十三区』はその頃収集された「音」を再び使用し
守さんの故郷の石巻で唯一の交通手段となった
既存のルートを外さざる終えない路線バスの象徴として使用された
「貸し切りの国際興業バス」で「3.11終日23区を巡るツアー」
そのものを作品としています。テーマは日常と非日常、存在と不在。

守さんの実家も被災に遭われ、彼の十数年の作品も記録も
地震による大津波で全て流されてしまったそうです。
そのような体験をした作家が、3月11日という日を選び
本来の意味を気に留めず耳慣れてしまった防災行政無線から流れる音と
現在の石巻の唯一の交通手段の路線バスと
今後大地震が予想される東京23区と
を併せ持つこの作品に、どのようなコンセプトを込めていたのか
トークの際に積極的にお話を聞いておけばよかったなと思いました。

ただ、守さんの言葉の端々から
日常/非日常、震災前/震災後の境や違いは無いのでないか
というニュアンスだけは感じとる事ができました。
そこにはどのような意味が含まれていたのでしょうか?

あのような大きな地震も、長い歴史をもつ地球の目線で見れば
当たり前の日常にすぎないという事なのでしょうか?
私たちが普通と思っている事が普通でなくなってしまう事なんで
日々の生活の中にいくらでもあるという事なのでしょうか?

私たちは地震後について考えます。
地震が私たちの日常をどのように変えたのか?
地震により私たちは何を得、何を失ったのか?
このようなことを「考える」ことの意味は?

次回、守さんにお会いする際には
作品について色々お聞きしたいと思います。

あの大地震を経験した者として3月11日という日を
いつもの友人たちとあのような形で過ごす事ができ
とてもいい経験になりました。
守さん、お誘いいただきありがとうございました。

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by atelierhibari | 2012-03-20 15:54 | Exhibition

the aftermath of the earthquake 11

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東日本大震災の2ヶ月後から始めた
1ヶ月に1度の震災に関する覚え書き。
震災に対する様々な人々の思いや活動を通して
自分自身が何を感じ、何が出来るかを考えてきました。
あの震災を機に私が感じたことは

人間の過信
自然の脅威
目に見えないこと
(縁とか絆とか愛とか...)

そのようなことを気づかせてもらった1年でした。
被災地や被災した方々に対する援助はほんの些細なことしかできていません。
たとえば、以下のような事。
子どもワークショップで震災について話す機会を設けたり
子どもたちと制作したハガキを販売し義援金にして頂いたり
チャリーティーイベントに参加するお話を頂いたり
福島県の方の心の叫びをお聞きする機会を頂いたり

援助は今後も長い期間をかけて必要とされるものだと思います。
これからも、私自身の生活を保ちながら、めぐりあった機会を活かし
私にできる事、ほんの些細な事を続けていけたらなと思っています。
近い将来は被災地に出向き、瓦礫処理でも、どなたかの話し相手でも
子どもワークショップでも、本当に必要とされることを出来たらなと考えています。

ひとまず、この 'the aftermath of the earthquake' はここまでとしたいと思います。
一緒に感じたり、考えたり、活動をしてくださった方々ありがとうございました。
そして、今後もよろしくお願いいたします。
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by atelierhibari | 2012-03-11 12:54 | Aftermath