atelier HIBARI

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Carlina Rinaldi + Manabu Sato

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a nursery school in Reggio Emilia

7月15日にイタリア文化会館で開催された
カルラ・リナルディ+佐藤学
「驚くべき学びの世界ーレッジョ・チルドレン代表に尋ねる」
の講演を聴きに行ってきました。

《備忘録》
私の覚えてること興味をもったことを私の解釈とともに私自身の為にメモされたものです。
このブログを読まれている方と共有いたしますが講演内容は
この数倍も素晴らしいものです。機会があれば是非ご本人からお話を伺ってください。

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◎子どもとは......
子どもたちは主体、市民としてー未来の市民ではなく現在の市民
生まれた時から大人に何かを提供できる存在
子どもが話をする時、文化の真髄を話す
子どもは新しい文化を持つ

◎子どもと教育と文化にとは?
子どもはどのような文化的イメージを持っているか?
子どもはどのような期待・要望・欲望を持っているか?
子どもはどのようにして物事を知るのか?
子どもはどのように学ぶのか?
教育するということはどういうことか?
学校が直面していることは何か?
文化を伝承するということ?
文化をつくるということなのか?

◎現在の子どもの一般的なイメージ......
子どもが持っていないもの、できないこと
何をしないか、何ができないかで(ネガティブな要素を取り上げ)定義する。
子どもに関するすべてを大人が決定できる、子どもは大人の所有物だと考える。
(心理学・精神分析学・教育学の様々な論などが、子どもはこのようなものであるという
イメージ・システムを作り上げる。ことばがない、歩けない、など)

子どもは何が出来るか?(ポジティブな要素を取り上げ)から出発する考えや活動する人が少ない。
「子どもはもろい、何もできない」ではなく「子どもが何を持っているか、できるか」と
顕在能力を強調する人は少ない。

◎子どものアイデンティティー/新しい子どものイメージ ー Rich and Powerful children
人生の意味を子ども自身が持つことが出来る。
子どもは生まれた時から学ぶ力を持っている。
(好奇心があり、源であり、能力に富んだ存在である)
子ども自身が自分自身の人生を創造する主役にならなければならない。
人生の意味を子ども自身が創造して行く。
選択するというのは、私たちが、正しい、正しくないと考えるのではなく
自分が選択したことにリスクを負ってもよい、責任を持ってもよいということ。

◎子どもの顕在能力 ー Wondering and Potential, If there is something..... I could do anything......
子ども自身が「自分は創造する力を持っている」と知っている。
人間が持つ素晴らしい特徴は、ポテンシャルがあるということ。(何々ができる、ということ)
学ぶ時の驚きや顕在能力を導くのは大人の役割。(もし○○があれば、○○ができる・・・)

子どもは世界と出会いたいし、どうやって出会えるのかを知っている。
子どもはPotential=可能性とCompetent =意欲を持っている。
生まれたての赤ちゃんに何ができるか?=生きること、生きたいという意欲がある。
母の乳を飲み、対話し、期待し、微笑み、対話の意味を知る、感情を持つ、泣き、笑い、愛する
なぜ?どうして?と自問する。他者と関係を持つことで、他者が学んでいる間に自分も学ぶことができる。
人間は愛に満ちている。愛でできているから、物、他人との相互作用により物事が変わっていく。
他者との関係をつくると同時に、自分を作り上げるという、自己創造を果たしている。
自分の人生に対する理論や解釈を作りあげていく。
人間にはミラーニューロンという誰かが感動したら自分も感動することができるという神経細胞を持つ。
自分は唯一無二のユニークな存在であるという権利を誰もが持っている。
自分の脳を作り上げる知識・時間・感動すべてがユニーク。人間全体が素晴らしい。

子どもは心と体を使い、ホリスティック(全体的)アプローチで物事を学んでいく。
美術も科学も一緒、さまざまな物事を分けてしまったのは大人である。
このホリスティック(全体的)アプローチでは、カテゴリー分けしてはいけない。
学びは学校に通いだしてから始まるのではなく家族・町の中で、生まれた時から好奇心を持って学んでいく。
他の子どもとの相互作用、人との関係によって学び、様々なことを認識し、感動する。

◎ラウラの日記 ー The Diary of Laura
レッジョでは3ヶ月から3才までの幼児乳児保育所(現地では『子どもの巣』と呼ばれる場所)に通う。
世間一般の子どもに対する概念ー子どもは〜をやらない
(歩かない、しゃべらない、自分を表現しない)で定義されている。
ラウラは子どもについての固定観念を変えさせてくれた。
子どもがいかにリッチでポテンシャルに富んだ存在かという事を示してくれた。

【ラウラ(10ヶ月の女の子)の様子】
*ここでは子どもの人差し指を使った「指差し」の暗号(Communication Sign)を
読むこと(decode)の大切さに着目してラウラの様子を観察して行きます。

1/ ベビーチェアーに座り、卓上の商品カタログを熱心に読んでいるラウラ
(読む=イメージや影像を解釈する、それがどんな意味を持っているのか、暗号を解く)

2/ ラウラはページをめくり、先生の方に少し肩をよせる(身体の言語を使っている)視線はカタログに。

3/ さらに先生に肩をよせ、先生を見つめる。(何かを問いかけ訴える様子)
左手の人差し指でカタログの腕時計を指差す。人差し指でコミュニケーションをしている。
 (身体・視線・顔の表情・人差し指の4つの言語を用いている)

4/ 先生は自分の腕時計にラウラの耳をあてた。ラウラは驚き、時計の音に集中している。
(子どもの問いにどのように応えるか、どのように好奇心を広げるか、大人は注意深く選ばなくてはならない)

これからの学校は、問題を解決することではなく、
新しい問いをどうやって作るのか子どもたちに学ばせる必要がある。
子どもの『なぜ?なに?』に力を与え、子ども自らが道を作る手助けとなる。
道がわかれば、子どもは自分自身がもっと大きなシステムの一部であることがわかるようになる。
(空があり、その向こうに宇宙がある、といったようなこと)

5/ ラウラは卓上の商品カタログの腕時計の写真に耳を押しあてる。
先生はラウラが驚き、びっくりすること、ラウラ自身で仮説を立て、考えることができる機会を与えた。
彼女の好奇心を広げた。(さまざまな機会をもとに、子どもは考える。
色々なものを結びつけることで仮説を立てそこから新しい発想をもつ)

写真の時計に耳を当てることを、大人は間違った解釈と捉えるが子どもは仮説を立てる努力をしている。
このことからも、新しい子どものイメージ、捉え方によって、学校、大人の考え方を見直すことができるのではないか?

子どもに向って話す、説明するのではなく、子どもに耳を傾けることが最も大切なこと。

子どもの為に時間を注ぐことは.....
→子どもに価値を与える
→何が重要な事か価値をみとめる
→感心を注ぐこと
→教育者も共に学ぶということ
→100の言葉を学ぶ
→全ての5感をもって耳を傾ける

"お互いに耳を傾ける場を持つ"

教育者はお互いに耳を傾けることばを作ることが大切
聴くための教育学を実現するため、教育者は道具・枠組み・仕組みを用意する。
子どもが探って理解するもの、自分の発見が価値のあるものなのだと自覚できるような。
それらは毎回アップデートしていく必要がある(場・空間・素材など)
教育者自身を見直し、永久に探求しつづけなければならない。
どんなチャンスがあるか、何を提供できるか、子どもと同時に美・創造は生まれる。
大人の子どもへのホリスティックアプローチは芸術(=世界を観る目)を育てる。
子どもたちは芸術家で研究者
場は子どもたちの好奇心を広げるものであるべき

"wonder learning" 驚きから学ぶ

学校は社会から影響を受け、社会に影響を与える。
学校はコミュニティが変化するための原動力を見つける場。
子ども・保護者・教育者が互いに関りあって作っていく。

関係性をつくる
コミュニケーションをとる
耳を傾ける
そして観察し、解釈し、記録(ドキュメンテーション)をとる。
あの、ラウラの驚いた顔を思い出してください。
子ども達は人類の大きな財産であり、私たちはより良い生活を作る努力をしなければなりません。

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◎佐藤学氏のお話

それまであった、子どもの見方を変えるという偉業をレッジョは行った。
Enfant(子ども)という言葉は「without sound / no sound」ことばをもたないという意味
Persona(大人)という言葉は『with sound』ことばをもつという意味からできた単語である。

「子どものアイデンティティ」という言葉は、レッジョの見つけた子ども現代の子ども像をあらわしている。
ルソーのエミールでは子どもは様々なものを吸収し育つ。
子どもは無色透明な感性のみを持つ者としさアイデンティティという言葉は青年期から出てくる。
子どもを自然現象、人格はなく感覚だけある存在だと捉えているが、これは近代子ども像。

学びは驚きから始まる。驚きから始まる学びは驚きに値する。
Wonder of learning / Wonder of learning of learning

西洋的伝統的な学びは
1/ 自分の内面を育てること(Cultivating Myself)
2/ 対話の伝統(他者の声を聴く)
このプロセスこそが学びである。

Conversation with others
Conversation with creation
Conversation with myself

学ぶ事の出発点は他者の声を聞く事

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◎ Q & A

Q : 子ども達との活動で印象深いできごとは何ですか?

A : たくさんありすぎてます。熱中できるプロジェクトを毎日探し出し、毎日生まれているので数え切れません。
例えば、先日訪れた水とエネルギーのアトリエでは、光線や食について学びました。そこで「なぜ水は下に流れるの?」など
そいう質問が出て来て、大人も好奇心や失った想像力疑問を思い出すという場面がありました。

*佐藤学氏の印象深いプロジェクト
『すべてのものには影がある(蟻以外はね)』
子どもは光に興味を持ち、影に魅力を感じる。自分の影を見つけたときの驚き、すべてのものの影を探しだします。
しかしルーペで蟻を見ても影を見つけられなかったのでこんなタイトルになりました。(蟻に影がないことを心配していた)
大人は子どもに影を経験するチャンスを与える。なぜこんなことが起こるのか子どもが自分で考える手助けをする。

『ライオンの像のプロジェクト』
ライオンとの友情関係をつくるだけでなく、絵を描いたりねんどで創作しながら
ライオンの原点を探し出しライオンの力を見つける。
ライオンにまたがる勇気を持つ。観るだけではなく自分のものにする。
(上手に作る、ということではなく、自分の中に取り込む、
ライオンを自分のものにするために制作することは、現代アートと同じとワタリさん)
この時、子ども達は蟻やライオンの言語を話している。

Q : アトリエリスタ・ペダゴジスタの養成はどのように行われているのか?

A : 現場で直接子ども、先生、保護者と付き合いながら学ぶ。すべての教育者はもう一人の教育者と一緒に学ぶ。
ドキュメンテーションをつくることもとても大切。週3回ほど、起きたことやこれからの計画についてディスカッションしている。
大人は子どもと過ごしながら、明日、来週何をするか?を即興で考えだして行く。
それぞれの現場にあったものを作り続ける、常に変わっていくので永久に訓練している。
大学でレッジョアプローチ講座の博士課程を作りたいと考えている。

Q : ローリス・マラグッツィの思想や理論をどのようのに引き継いでいるのか?

A : マラグッツィの思想は完成した教育理論ではなく、常に挑戦し、刷新し、現代化させていくアプローチ。
戦後、レッジョ・エミリアの市民は、市の協力により、彼らが望む学校、新しい教育システムを作り出しました。
教育理論を生きたものにするため実践し、記録し、議論しました。教育理論を完成させるのではなく、常に新しい
マラグッツィのメソッドを行うことではなく、マラグッツィのものの見方で観察し、彼の考え方で教育学を創造すること。
大切なことはレッジョの町を使っていること、町の中で自分の価値を見出していくこと。

Q : 展示を観て、人工的な印象を受けたが、自然とのつながりについてどう考えていますか?

A : そのように感じたとしたら、私たちの表現不足かもしれません。自然とのつながりは大切にしています。
けれども自然とは、まわりの環境すべてのことであり、当然町も含まれる。
子どもに自分と環境についての関係を発見していって欲しい。
子どもと自然ではなく、子どもは自然なのだと知ること

佐藤学氏補足:日本では“子どもは自然の中で育つ”という根深い考えがある。“文化の中で育つ”という面が弱い。
この考えは日本と韓国くらいで世界の多くの国では、子どもは文化の中で育つと考えられている。
日本人の自然に対する考え方は異端であると知ることも大切なのでは?私たちの常識に疑問を持つことのきっかけになる。

Q : レッジョの施設について建築の面からどのような要望を持っているか?

A : 空間、素材、時間について、建築家と一緒に話す事もあるが、もともとある古い空間を使うこともある。
必要性に沿って改築する。内側の光、外側の光、広場、コミュニティにとっての価値、乳幼児施設は家族のためのサービスではなく、
子どもにとっての権利。クオリティの高い空間で過ごすことは子どもの持つ権利だから、良いものを与えなければならない。

Q : イタリアにはモンテッソーリ教育もあるが、異年齢教育についてどう考えているか?

A : モンテッソーリ教育からも多くの影響を受けている。モンテッソーリの先生達ともよく話をする。
レッジョでは子ども達をできるだけ同じ年齢にしている。誕生日が近い基準グループもある。
子どもは何ヶ月かの違いでかなり差があるから。しかし、園の中央にはピアッツァ(広場)があり、
異年齢の子達と出会う機会はたくさんある。それぞれの年齢の子達と過ごしたり、
ちがう年の子達と過ごしたり、いったり来たりしている。
異年齢の子ども達の相互作用を大切にしている。

佐藤氏補足:
モンテッソーリは casa(ホーム)
レッジョは community(コミュニティ)

町にも園にもピアッツァがあり、広場の概念はイタリアの文化にとってとても大切なもの。
みんなが集まって一緒に議論し、町にとって重要な決断をする場所。
みんなが関ることでそれぞれに責任が生まれる。
広場を使って生きていくのがうまい。

5才のグループが3才の子どもたちのために学校の秘密が描いてある本を作った。
これをやっていい場所はここだよ、とかこの場所は素敵だよ、あの先生は要注意!
など、あとから来る子にむけて、責任を持って説明し、準備を整える、未来のことを考える態度が現れている。

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◎聴講して思ったこと
ワタリウム美術館での展示鑑賞、そして出版された本を読み、さらにはレッジョエミリア市に出向き
5月からの約3ヶ月間レッジョ一色の毎日を送ってきました。その集大成としてこれまで学んで来た事の
おさらいをする機会を与えられたと思いこの講演を聴講しました。

レッジョ教育を初めて知ったときは誰もが激しい衝撃を受け、深く感動すると思います。
レッジョ教育を簡単な言葉で表すと「美術を取り入れたイタリアの幼児教育」となりますが
そのような言葉では語り尽くせないほど奥深く、他に類を見ない変則的、実践的な教育です。

私も初めて知ったときはその美しさ(プロジェクト、子どもたちの作品、幼児施設、先生たちや子どもたちでさえも!)
に目を奪われ、その表面的な事ばかりに気を取られていました。けれども、今では子どもを主体性のある市民と捉え、
彼らに耳を傾け、町ぐるみで暖かく、ゆっくりと育てて行くことのすばらしさに気づく事ができました。

レッジョ教育を知るという事は全ての大人とどうか関わるかという事を学ぶ手だてにもなるのではないかと思います。(子ども=人=大人)
私は現在大学や専門学校で講座を持たせて頂いていますが、このレッジョアプローチは青年〜大人の教育にも役立つ要素が沢山あります。
また、私がイギリスで受けて来た美術教育に多くの共通点を見いだす事が出来きます。イギリスの大学の先生 (チューターやレクチャラー)
のほとんどは大学卒業後に、先生になる為のコースを受講します。そこでレッジョ教育を学んでいるのでは?と思おうほど
そのアプローチは似通っています。おそらくその共通点は「ホリスティック教育」なのだと思います。

今後、自分の受けたイギリスでの教育と、このイタリアのレッジョ教育の良い所を取り入れ
コミュニケーションと対話をもって良い関係を築きながら、受講生の好奇心、可能性、意欲を育ていけるような
理想的な授業を展開する事ができたらなと密かに胸に秘めています。

教育というものに足の指先を踏み入れたほどで、まだまだ理論的、実践的に
学ばなくてはいいけないことは山ほどありますが、これから35年は働くつもりで(ウソ?ホント?)
ゆっくりカタツムリのペースで学んでいきたいと思っています。
これからも暖かく見守って頂けると幸いです。
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by atelierhibari | 2011-07-23 21:05 | Lecture

Bruno Munari

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先日、いつも大変お世話になっている方にお誘いいただき

葉山藝術大学のつくりかたPROJECT主催
「ムナーリの絵本」
ビジュアルコミュニケーションという視点でムナーリの絵本を見たとき
ブルーノ・ムナーリが表現したかった本はどのような意味をもつのだろう

というレクチャーを聴講しに行ってきました。

講師は真っ白いおヒゲが素敵な日本ブルーノ・ムナーリ協会代表、岩崎清氏。
1985年に勤務先の「こどもの城」の開館記念の特別事業として
「ブルーノ・ムナーリ展」を企画開催された方です。
ムナーリ本人に実際にお会いした方から貴重なお話を伺うことができました。

私自身、グラフィックデザインやイラストレーションに関わり
Visual Image(視覚画像)/ Visual Language(視覚言語)
Visual Communication(視覚伝達)/ Visual Narrative / Visual Storytelling(視覚物語)
を学んだり、教えたり、仕事にしていますので、これは是非いかなくちゃと
電車に揺られて1時間、逗子まで行ってきました。(帰りは2時間!)

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《備忘録》
私の覚えてること、興味をもったことを私の解釈とともに私自身の為にメモされたものです。
このブログを読まれている方と共有いたしますが講演内容は
この数倍も素晴らしいものです。機会があれば、是非ご本人からお話をうかがってください。

◎本とは?

今回は絵本のお話ですから、まずは「本」の概念からお話しされました。
「本は文字と図版の組み合わせ」「本とは伝える目的を持ったもの」
さあ、この概念最後にはどう変化するのでしょうか?

◎「子どもと一緒に遊ぶ人」

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ブルーノ・ムナーリ展覧会/発明家/芸術家/著述家/
工業デザイナー/建築家/グラフィックデザイナー/子どもと一緒に遊ぶ人


ムナーリの展覧会カタログの表紙をお見せいただき
いかにムナーリがマルチに才能を発揮し、様々な仕事をしてきたか
特に、彼が「子どもと一緒に遊ぶ人」として優れていたかを教えてくださいました。

◎ビジュアル・コミュニケーションのお話

私たちが良く知る、アルタミラやラスコーなどの洞窟壁画とは異なる
15世紀頃のスウェーデンやアルゼンチンの洞窟壁画をお見せいただき
文字とも形ともつかないものが、文字に発展するには長い年月が
費やされたというお話をされました。そして、16世紀アステカの写本
胎蔵界マンダラ、東方の三博士を参照し
いかに「絵、サイン、ピクトグラムといったビジュアルが
文字より多くの情報を瞬時に伝える事をできる」かということをご説明されました。
今日では、文字による言語が芸術(ビジュアル)よりも重要視されていると指摘。
芸術(絵画、彫刻、工芸など)はそれぞれの言語をもっており
文字より優れた情報伝達能力があると解説。

ムナーリはまずは大人にこういった事を理解してもらいたかったそうです。
けれども、1960年代当時のイタリアの大人には理解されなかったそうです。ですから
「優れたアーティストは天から与えられた才能があるそれを社会や子どもたちに使うべきだ」
をコンセプトに子どもたちにさまざまな「文字でないもの」でその事を伝えはじめます。

◎ムナーリの本

ムナーリの制作した貴重な本を紹介してくださいました。
文字がなくても、ストーリーが理解できるナラティブなものや
五感、特に触感を刺激する素材をいかしたものが沢山ありました。
そしてこのような言葉を残しています。

「芸術(ビジュアル)は文字に変わる内容を沢山もっている」
「文字に変わる視覚(ビジュアル)が大切」
「芸術の文法(技法/テクニック)はいらない、遊びながら原理を学ぶ」
「芸術は難しいものではない」

・+ e −(プラスとマイナス)
・Structures(構築)
・Putting the leaves on(葉っぱをおこう)
・Say it by sign (記号で言おう)
・Images of reality(現実のイメージ)
・Transformation(トランスフォーメーション)
・Playing Cards(カードあそび)
・alphabet e fantasia(アルファベットとファンタジー)
・Mai Contebti (ぞうのねがい、息子アルベルト・ムナーリの為に制作された本)
・とんとん
・緑色の手品師
・三羽の小鳥の物語
・たんじょうびのプレゼント
 などなど

◎「ゼログラフィーア」

最後に「ゼログラフィーア」というゼロックス(コピー機)を使った実験をご紹介してくれました。
ムナーリは大量に同じ物を印刷する目的で作られたコピー機を使用し1点物の作品を制作しました。
(コピー機が作動している間に原稿を動かし、画像を歪ませる作品)このような実験から、
線、明暗、コンポジション、形 を学ぶ事ができる。
そして以下のような言葉も残しました。

「人間が機会に使われないで、機械の主人にならなければならない」

私がグラフィック学生だったころ、コピー機を課題の制作過程でびたび使用しました。
その中で「ゼログラフィーア」の影響を受けているであろう課題が沢山ありました。

◎本とは?ふたたび

さあ、ここで最初の概念に戻ります。

「本は文字と図版の組み合わせ」
「本とは伝える目的を持ったもの」

は正しいのでしょうか?
いいえ、本は文字がなくてもビジュアルを使い文字以上に表現する事ができます。
何か(情報/メッセージ)を伝える目的がなくても、本といっても良いのです。

◎まとめ

岩崎氏は最後に、先日世界遺産に登録された岩手県の平泉や小笠原諸島を例に
私たちが文字や言語による情報にばかり頼りその物の本質を忘れている事をお話しくださいました。
例えば、京都や奈良は観光地として有名ですがそれらはそもそも観光地として作られたのではなく
大仏や石像は文字のない時代に仏教を伝えるために制作されたイコン=視覚言語なのです。
仏教の何たるかを理解せず、京都や奈良を理解する事はできない。
私たちは文字による情報ばかりに頼るのではなく、実際、観て、経験し
本質を見極める事が大切だとおっしゃいました。

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◎聴講して思ったこと

洞窟の中にある形にもならないような図形から文字に発展させた人間の偉業はすばらしく
今では文字のない生活など想像できません。それだけ「文字」は私たちの生活に
なくてはならないもの、知性と文化の象徴になっています。
それなのに、1960年代に「ビジュアル」に立ち戻ろうとしたムナーリは
すごい事に気がついたのだなと感動しました。

最近、ある専門学校の受講生とこんな話をしました。
多くの芸術家は芸術の本質を模索するために
原点回帰し、原始的、土着的なものに向う傾向があると。
例えば、ピカソ、マティス、ゴーギャンそして岡本太郎。
それらの原始的な芸術はアウトサイダーアートやアール・ブリュットと呼ばれる
正規に芸術を学んでいない障害を持った人々や子どもたちの芸術作品に通じるものがあります。
それらの中には純粋さや力強さや本質がみなぎっています。
原始的な生活をしている人、小さな子どもたち、文字を理解できない障害を持ったかたたち
は五感から受ける感覚のみを使用し、素晴らしい作品を沢山残しています。

そう考えると、素晴らしい発想や芸術性は文字による学びよりも、
多くの「形、素材、色、光や明暗」などに実際に触れる事が大切なのではないかと思いました。

また、国家の品格(藤原正彦書)のなかに、
「数学者になるには美的センスや創造性がなければならない。
でなければ美しい数式を導き出す事は出来ない」
というような事が書かれていたのを思い出しました。
そしてさらに、世界的に有名な数学者がどのような所で育ったかを調べると、
彼らはみな美しい緑に囲まれた田園風景のある所で
育っているというようなこともおっしゃっていました。

私はふと、美しい田園風景のある所は「形、素材、色、明暗」などを手で触れる事が出来る
「天然の文字のない絵本」なのではないかと思いました。
子どもたちはのびのびと自然に囲まれて育った方がよいと昔から言われていますが
それはまさにそういう事なのだなと改めて思いました。

私の働く専門学校の近くに、ある有名な幼児教室があります。
そこには、上品なお母さんに連れられた、同じような表情と洋服をまとった
とてもお行儀のよい、賢そうな子どもたちが沢山通っています。
ときどき、彼らの受けている教育は将来彼らの為に役立つのかな?と疑問に思います。
毎日様々な習い事をしている子どもたちも同様です。
もっとおもてに出て自分たちで作った遊びをすれば良いのにと思います。

最後に、この講義を聴講しブルーノ.ムナーリとビジュアル・コミュニケーション
という観点から文字にとらわれずに、物事の本質を捉える大切さや
私たちが原始人だった頃から持っている五感を磨く事が創造性に繋がるのだという事に気がつきました。
もちろん、文字や言葉そのものや、それらによる芸術、文芸、演劇を否定しているのわけはありません。
それらの芸術性を高める為にも幼い頃から「ビジュアル(形、素材、色、明暗)」を
取り入れた遊びをすることがいかに大切かということに改めて気づきました。

子どもの心を持ったダ・ヴィンチ、ムナーリのお人柄まであわせて、
様々な事を教えてくださった岩崎清氏に感謝します。
文字好きで、最近はそちらばかりに偏っている私に一石を投じてくれた講演でした。
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by atelierhibari | 2011-07-11 21:29 | Lecture

the aftermath of the earthquake 3

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あの大地震が発生して4ヶ月。
長いような、短いような、時間が過ぎました。

良いのか、悪いのか、正直、
遠い昔の出来事のように感じるようになりました。

時間が経ったからこそ、悲痛な現実が身にしみてきたり
季節が変わったからこそ、新たな問題が発生したり
被災地ではまだまだ、その時その時解決しなければならない
問題が山積みなんだろうと想像できます。

けれども周りにいる私たちは
どんどん前に向かって進んで行かなければならないし
そうやって、私たちは数々の困難を乗り越えてきました。
遠い昔の出来事のように感じても、罪悪感を抱くことはないですよね?

けれども、毎月この日だけは「地震後」について何かを感じてみたいと思います。
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by atelierhibari | 2011-07-11 18:12 | Aftermath

7th July 2011

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Photo taken by Yumiko Kobayashi

七夕の日に若い頃からお世話になっている先輩から届いた写真。

車でいろいろな所に連れて行ってもらったり
美味しい物を食べに連れて行ってもらったり
仕事のこと、人間関係のこと、沢山のことを教わりました。

「私にお返しをしようとしなくていいからね
なっちゃんに後輩ができたら私がしてあげた事をしてあげて」

と言われました。彼女も先輩からそのように言われたそうです。
この言葉は瞬時に私の心に刻まれ、今でも大切にしまっています。
私はまだまだ微力で沢山のことはしてあげられないのが残念ですが。

今思うとこれが「恩送り」ということなのですね。
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by atelierhibari | 2011-07-07 17:56 | People

Notice : Kids art workshop 06 - Recollections

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Photo : これまでのワークショップの様子と作品

おまたせしました!
キッズワークショップの季節到来!
今年も和紙造形作家の森田千晶さんと
ワークショップ「思い出紙すき」を開催します。

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思い出紙すき

紙のお話しや和紙の作られる工程を学びながら
8枚のはがきに*「思い出」を入れて制作します。
今回はそのうち1枚をatelier HIBARIが責任をもって
回収、販売し東北関東大震災被災地の為の義援金として
役立てて頂こうと考えております。
どのように使用されたかは後日ブログにてご報告いたします。

*「思い出」とは和紙にすき込む材料のことです。
例えば切手、押し花、糸、切絵、スパンコール、布など。
あまり大きい物や、ラミネート加工した物などは適しません。
ワークショップの間に切り絵やコラージュなどで「思い出」を制作してもかまいません。
これまでのワークショップの写真を見てイメージを膨らませてください!

◎日 時:8月6日(土)
◎時 間:午後1時〜4時30分頃まで
◎対 象:小学生以上(大人も参加できます!)
◎定 員:15名(定員になりしだい締め切らせて頂きます)
◎費 用:材料費 1000円
◎持ち物:夏休みの思い出(和紙にすき込みたいもの:切手、押し花、糸、切絵、スパンコール、布 etc)
     はさみ/ピンセット(お持ちの方)/タオル/飲み物/虫除け(必要に応じて)
◎要予約:natzcoco@hotmail.com 中村までメールでお問い合わせください。
     その際、参加人数/名前/年齢を明記してください。
◎場 所:南部地域センター 1階 ホール
◎住 所:東久留米市ひばりが丘団地185
     1. 西武池袋線「ひばりケ丘駅」下車
     2. 西武バス 境04/境05/ひばり81/田43/田44/鷹22 乗車
     3.「中原小学校前」で下車
     4. バス停から少し歩くと左手に新しい大きな児童館が見えます。
       その前の横断歩道を渡り桜並木を数分歩くと左手に黄色いモダンな建物が見えます。

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子どもたちが技術や技法だけを習うのではなく
物語やその場の状況を通し新しい知識/理解/発見を得ることを目指しています
そしてなにより「楽しむこと」と「プロセス」を大切にします
沢山のご参加おまちしております。

《ボランティア募集》
子どもワークショップに興味がある/子どもが好き/和紙に興味がある
方にワークショップ中のお子さんのサポートをお願いします。
無償ボランティアですが、8枚のはがきを漉き持ち帰る事ができます。
(1枚は寄付して頂けると嬉しいです!!)
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12:00 集合 準備/受付
13:00 開始 ドキュメンテーション (写真撮影/子どもたちの言葉を収集) 技術サポートなど
16:30 終了 片付け
17:30 帰宅 (予定)
natzcoco@hotmail.com 中村までメールでお問い合わせください。
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by atelierhibari | 2011-07-01 22:24 | Workshop