atelier HIBARI

カテゴリ:Exhibition( 42 )

Contemporary Art Festival in Itabashi Art Museum

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発信//板橋//2013
ギャップ・ダイナミクス


知人の画家、中津川浩章さんにお誘いいただき、上記の展覧会を訪れました。
新年にふさわしいテーマの展覧会を拝見し、2011年3月11日のこと、2013年のこと、
そしてこれからのことに思いを馳せることができました。

それぞれの作家の、3.11以降についての思いと表現は様々でした。私は特に、在日韓国人三世の金沢寿美さんの阪神淡路大震災の個人的な経験を文章とインスタレーションで表現した「出窓のカーテン」と中津川浩章さんのペインティング「身体と森はつながっている」「記憶の海・私たちはどこへ行くのか」「光の船団 III」に心を奪われました。


/// 展覧会チラシより

「ギャップ・ダイナミクス」。これは、森林生態学の用語で、生い茂った森林の中で大木が倒れることによって森の頂きにぽっかりあいた穴のような空間(ギャップ)が生まれ、暗かった森のそこに陽光がさし、新たな発芽と成長が移り変わる現象のことです。このギャップを社会につけられた傷のような物と解釈し、今展のテーマとしました。(中省略)「芸術がもたらす生命力とは?」それは社会に起きた事への単なる応答を超えた、新たな端緒を切り開くことになるでしょう。

/// 金沢寿美さん作品のキャプションより

2011年、展示のお話を頂いたのは震災直後の時期だったと思います。
3月11日の出来事は、私にとって「外側から地震を見る」ということを考えさせるものでした。
阪神大震災が起きた時、私は中学3年生でした。
15才だったあの頃から倍の月日が流れた今であれば、もう一度あの瞬間に立ち返り、
自分に見えたものが何だったのか、客観的に捉えることができるのではないかと考えています。
美術館の内外を使い、建物全体を使った広範囲な表現を試みます。

/// 中津川さん作品のキャプションより

「これから世界はとても大きな変化を迎える気がしています。表面的には経済原理優先の変化の兆しのない世界のように見えますが、3.11から人間の内側では大きな変化が起こっています。大震災と原発事故の体験が引き起こしたその激烈な内的変化を日本に生きる人はみな意識・無意識に関わらず切実なものとして感じとっているはずです。

食・地球・国家・自然・生命・愛、以前は存在しているのが当たり前だと思っていたものやことたちについてあらためて考えないわけにはいかない状況です。 政治や経済の状況とは無関係に、個々の内的な変化の高まりは大きなうねりとなって、将来現実的に大きな変化をもたらすことになるのではないでしょうか。

大きな変革を予感しながら生きる者として、あらためて私たちの生きる世界とは何なのか、そして私たちにとってほんとうに今必要なものは何なのか、考える前にまず感じることを通して根本的な意味や価値を含め共有したいと考えています。

3.11という大きな地球規模の欠損に重ねて個人的内的体験の通過という二重のギャップを経験した場所から、絵画とドローイングを展示します。描くことを通じて人間にとって世界とは何かという問いを顕在化します。 」



ーーーーーー



金沢さんの作品を拝見し終わると、コミックエッセイの読後感に似た感覚を覚え
「悲劇は最高の喜劇」という言葉が頭をよぎりました。
15歳の女子中学生の目を通して語られる、最悪な事態の中での家族の滑稽な会話。
最悪な事態が起きても、白いおにぎりを食べて家族みんなが笑って明日を迎える
関西人のユーモアと在日韓国人三世のたくましさが、テキストとインスタレーションとともに
ナラティブに表現されていています。そのとき彼女が見た光景が、私の頭の中に鮮明に映し出され、
その映像は未だに私の頭の中にあり続けます。


中津川さんの作品は2012年に開催された個展「絵画は記憶に似ている」から拝見しています。
今回の作品のキャプションの中にある、

3.11から人間の内側では大きな変化が起こっています
内的変化を日本に生きる人はみな意識・無意識に関わらず切実なものとして感じとっているはずです
個々の内的な変化の高まりは大きなうねりとなって、将来現実的に大きな変化をもたらすことになるのではないでしょうか
私たちにとってほんとうに今必要なものは何なのか
考える前にまず感じることを通して根本的な意味や価値を含め共有したいと考えています

と言う言葉がいつまでも心に残りました。
私たちは何か大きな問題が起きると、その問題を起こした人や企業を咎めたり、
声を高らかに様々な意見を訴えたり、沢山の話し合いがもたれたりします。
決して無駄ではないそのような行為は、私たちの内側で起きている大切なことに光を照らし気づかせるためのきっかけにすぎず、本当に大切なことは、私たちの外ではなく、内にあるということを中津川さんの作品は気づかせてくれます。


ーーーーーー


昨年夏に、山形県の肘折温泉で開催された「ひじおりの灯」というイベントに参加し、
「原始的な唄のようなも」について考えるようになりました。

昨年暮れに、吉祥寺のOUTBOUNDで開催された「第1回 作用」展にて偶然「ひじおりの灯」でお会いした人類学者石倉敏明さんご自身と、写真家田附勝さんの土器の写真と再会し、「作用」に展示されていた作品から
「原始的な唄のようなも」について、再び考える年末となりました。

そして、年始めに「ギャップ・ダイナミクス」を拝見し、私の中で、中津川さんの言葉「個々の内的な変化の高まりは大きなうねりとなって、将来現実的に大きな変化をもたらすことになるのではないでしょうか」という言葉に繋がっていきます。

人々が山や森で暮らすようになったり、山伏の暮らしから日本文化を見直したり、陶芸作家の作品が土偶や土器のようなものになったり、イラストレーターの作品が壁画のようなものになったり、造形作家がサナギや脱皮をテーマにしたり、美術作家が、雪男に興味をもったり、方言について思いを巡らせたり、日本人の、特にものをつくる人々の心が、遠い遠い太古の昔、原点へ回帰しているのを目の当たりにしています。(ピカソもマティスもゴーギャンも岡本太郎もかつてはみんなそうだったね)


私たちの心の中
山、胎内、宇宙
唄い、踊り、祈る
距離、時間、空間を超えて

私たち日本人はどこへ行くのでしょうか
大きな舟にのって
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by atelierhibari | 2014-01-06 16:35 | Exhibition

Souvenir from Paradise

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「Souvenir from Paradise -イラストレーションの贈り物-」展
at TAMBOURIN GALLERY

に参加させて頂きます。
どんな展示になるのかな?クリスマスらしいのかな?
素敵なギフトを捜しにいらしてください!


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「Souvenir from Paradise -イラストレーションの贈り物-」展

2013.12/3(tue)~12/8(sun)
11:00~19:00(最終日18:00)
初日18:00より、レセプションパーティー
TAMBOURIN GALLERY

姉川たく Cato Friend サイトウユウスケ 
白根ゆたんぽ 中村菜都子 二宮佐和子 
深谷桃子 monyomonyo 八重樫王明
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by atelierhibari | 2013-11-28 12:34 | Exhibition

Art as a part of everyday life

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女子美時代の恩師、原武典先生の傘寿記念展
元クラスメートのちあきちゃんとぶんちゃんと伺いました。

○とーで構成される、先生のドローイングと彫刻を拝見し
学制時代に私たちが制作したものたちが
どれだけ先生の作品から影響を受けていたかに気づき
懐かしくもあり、可笑しくもあり、思わず笑ってしまいました。

金属の色、素材、形、どれを見ても現在のわたしたちの原点を思い
あの頃の私たちはものづくりについて何もわからないなりに
様々なモノやコトに影響を受けながら模索していたんだなと感じました。
先生にはお会いできなかったけど、元気とのことでした。

展示を見た後、近所に素敵なお店を構えるぶんちゃんの案内で
美味しいごはん屋さんとカフェバーへ。

真摯にものづくりに取り組む
ふたりの友人の素顔やこれまでの人生について話を聞き
彼女たちの素直で素朴な生活の中から
素敵な作品が生まれるのだなと思いました。

「生きることは作ること」という言葉があるけれど

ほんの少し昔は、普通の人々の普通の生活から
長く使える素敵なものがたくさん生まれていました。

ふたりの友人は、平成の世で、
その生活をあたりまえに続けている。
ごはんを食べて、お風呂に入って、仕事して、時々遊ぶ。
生活の一部としてのものづくり。


自身の生活の在り方を振り返り
不必要なものはなるべく排除し
心身を健やかに素直に素朴に保ち
スンプルな生活の中での制作を
こころがけたいと感じた夜でした。

尊敬できる友人がいるって幸せ。
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by atelierhibari | 2013-10-23 13:02 | Exhibition

HIJIORINOHI

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高校時代の友人、宮本武典くんにご招待して頂き
山形県は肘折温泉で開催されている「ひじおりの灯」を訪れました。

初日午後は「山を語る」
山伏・イラストレーターの坂本大三郎さんを司会に
人類学者の石倉敏明さん、写真家の田附勝さん、モデルのKIKIさんの
山に関するお話を伺いました。
夜には「山を描く」
東北芸術工科大学の学生さんらが描いた灯籠を作者の解説を聞きながらの鑑賞
翌日は「山を歩く」
本来のプログラムは予約が取れませんでしたが、急遽坂本さんの計らいで
坂本さん案内による「地蔵倉」までのミニ登山(登山といっていいのかな?)に
参加することできました。早朝の涼しい時間帯ににみんなでグングン歩き、
新鮮な空気をすい、法螺貝の音に耳を傾け、お経を唱える。
何とも贅沢な朝を過ごしました。

山間にある小さな集落ですが、美しい山々に囲まれ、きれいな川があり、
温泉が湧き出る肘折という集落は、大切な物がすべてある村のように感じました。
お肌がつるつるで髪がつやつやのカラダの内側からきれいな人々の丁寧な暮らしが印象的でした。

これまで山伏について知ることはありませんでしたが
芸術、芸能、天皇、武士、忍者、ヤ◯ザ、シャーマン、越中富山の薬売りまで
(西洋で言うところの魔女のような存在だったのかな?)
が山伏と深い関わりがあるのだそうです。
日本文化の根底を知るのに欠かせない山伏と自然信仰をもっと知りたいと思いました。
そこから「ものづくり」のヒントが見いだせる気がします。

たった二日間の短い滞在でしたが、私も少し浄化されたような気分になりました。
あっという間に、東京の蒸した空気に汚染されちゃったようだけど.....


<読んだ・読みたい本のリスト>

『僕と山伏』(リトル・モア 2012年) 坂本大三郎著
『山伏ノート』(技術評論社 2013年) 坂本大三郎著
『球体<2>東北』(六耀社 2008年)立花文穂編集
『東北(田附勝写真集)』(リトル・モア 2011年) 田附勝
『岡本太郎の見た日本』(岩波書店 2007年)赤坂憲雄著
『方法としての東北』(柏書房 2007年)赤坂憲雄著
『東北学/忘れられた東北』(講談社学術文庫、2009年)赤坂憲雄著
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by atelierhibari | 2013-08-14 14:50 | Exhibition

Hara Museum Arc

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あいにくの曇り空の下、群馬県渋川にあるハラ・ミュージアム・アークで開催中の
「紡がれた言葉―ソフィ カルとミランダ ジュライ/原美術館コレクション展」を訪れました。
前回ここに来たのは18年ほど前。
その時も雨模様でスッキリしないお天気だったのを覚えています。
その頃と全く変わらない、佇まいの美しい美術館でのんびり作品を鑑賞しました。

14年前に品川の原美術館で展示されたソフィ・カルの「限局性激痛(1999)」と
横浜トリエンナーレ2008で発表されたミランダ・ジュライの「廊下(2008)」。
ビジュアルとテキストで作品を構成している女性2人の作品を
一度に鑑賞することでき、片道3時間の道のりも苦になりませんでした。

「限局性激痛(1999)」は何度も何度も繰り返し、他人に自身の失恋話を聞いてもらい
また、話し相手の不幸話を聞くことにより、次第に傷が癒えて行く様子が
写真と布に刺繍されたテキストで表現されています。

この失恋の癒し方は女性なら誰でも同じような経験が
あるのではないかと思いました。

最初から手に入らないと思っていた人、
けれども願掛けをし、フランス/彼を離れ
遠く日本まで来て、その不吉な予感は的中。

手に入らないと分かっていたけど、
手に入らないからこそ、
執着し失恋の傷は海の底までも深い。

失恋後は、めそめそ泣き暮らすのではなく
自身の体験を作品として昇華し、完全復活を遂げるソフィ・カルの
女性らしい強さがこの作品を鑑賞した後に爽快な気分にさせてくれます。
女性は強い。


「廊下(2008)」は簡単なテキストを読みながら、
廊下を歩いて行くインタラクティブな作品。

ミランダの投げかけるカジュアルな言葉に自分の人生を投影し、
この廊下を出る頃には自分の人生や生き方について少しだけ見直そうという気持ちになります。
押し付けがましくないミランダの言葉のおかげで自分の人生を全否定するのではなく
ちょっとだけ見直してみようかな?という気分になり、そこが心地よいなと感じました。

ソフィ・カルはヨーロッパの女性らしく、
強く、美しく、大人で、自信家で、現実的で、個人的で、洗練されていて、
それが作品にも現れていると思いました。

一方、同性代のミランダ・ジュライに関しては
繊細されていて、包括的で、中性的で、ホリスティックで、ファンタジーで、妖精的、
なんていう言葉が浮かびました。現代アメリカを代表する作家。
アメリカの持つ、何やら病的な「幼児性」のようなものを優しく癒すような作品と感じました。

テキストとビジュアル、女性という共通点を持ちながら
世代やバックグラウンドの違いによって、
2人の女性作家の異なる魅力を見せてくれる
面白い企画展でした。

ハラ・ミュージアム・アークを訪ずれるは
私のゴールデンイーク唯一のイベントでした。
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by atelierhibari | 2013-05-01 10:59 | Exhibition

Sophie Calle

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左:ソフィ・カル 右:質疑応答で「個人的な質問は?」と問われ、私は「私の作品を受け取り、貴方の著書にサインをください」と伝えた。
笑って快諾してくれた。 「菜都子へ、'個人的に' ソフィ・カル」


3月20日(水)より原美術館で開催されている、ソフィ・カルの「最後のとき/最初のとき」と
それに先駆け日仏学院で行われた関連企画 トークショー&上映会
(トークショー・ゲスト:杉本博司(現代美術作家))に3月16日(土)に参加してきました。

彼女の作品を知ったのはいつ頃なのか、
彼女の作品をどこかの美術館でみたことがあるのか、
あまりはっきりとした記憶がない。
いつの頃からか、大好きな女性現代美術家の一人となったソフィ・カル。

フランス人らしく、美しく洗練されてエスプリのきいた作品。
映画「アメリ」のようないたずら心のある作品。
自分自身や自分を取り巻く人々を記録した作品。
多くは写真と言葉を用いた物語性の高い作品。
現実、虚構、アイデンティティー、コミュニケーション、記憶、視覚、認識。

彼女が展覧会を機に日本でトークショーを開催すると聞き楽しみにしていた。
あいにく予約を取ることが出来ず、キャンセル待ちの列に並ぶことになった。
「会場に入れる!」と根拠のない確信を持っていた。こういう時の私の勘は大抵あたる。
案の定、何の苦もなく会場に入り、かなり良い席で彼女の話を聞くことになった。

まずは1992年に制作されたロードムービーのような
ナラティブなドキュメンテーション「DOBLE-BLIND」を鑑賞。

その後、写真家の杉本博司氏とのトークショー。杉本氏の時々ジョークの
交ざる英語でのトークショーはとてもフレンドリーで分かりやすかった。
お二人が長年の友人、気の置けない同士、お互いを尊敬している様子が分かった。

トークの中で、杉本氏が
「アーティスとは物事をツイストして見る、嫌なやつでなければならない、ソフィのように。
いい人としてのアーティストは二流」というようなことをおっしゃった。

確かに、アーティストは既成概念や固定観念に縛られず、オリジナルな視点や切り口で
物事を解釈し思考を作品に昇華させなければならない。
けれども嫌なやつになる必要は無いのではと正直思った。
もちろん杉本氏は面白可笑しく、言葉のあやとして言ったまでだと思うけれど、
会場にはそういうことを鵜呑みにする若いアーティストも沢山いたように思うので
少し気になった。アートであれ、デザインであれ、どの世界でも、
人と気持ちよく関われる、コミュニケーション能力の高い人々が生き続けていると思う。
現に、嫌なやつ代表アーティストのような言われてしまったソフィ・カルも、
私が最後にした個人的なお願い「私の制作した2冊の本を受け取ってください。
そして私が持ってきたあなたの2冊の本にサインをください」に笑顔で快諾してくださった。
握手をし一緒に写真もとってくれた。私の後に続く長蛇の列に嫌な顔ひとつせず対応していた。
作品には異なる切り口と大胆な行動力、人には心地の良いコミュニケーションとホスピタリティー
それが一流の一流たる所以なのかなと思った。

昨日、原美術館へ「最後のとき/最初のとき」を見に行った。
最後のときは「最後にみたもの」2010を表し、最初のときは「海を見る」2011を表している。

「最後にみたもの」2010はとても痛々しかった。盲人に失明した時のこと語ってもらい
盲人のポートレート、文章、最後のシーンのランドスケープ写真で構成されていた。
もし、自分が失明したらと考え、目を閉じてみたり、いずれは視力は失われていくこと、
最近急激に視力が上がり両目ともに1.5 になったこと、などを脈絡なく頭の中に並べてみた。
障がいや障がい者について考えることや
見えないことで見えてくること、見えていることで見えないでいることなど
私たちの心の持ちようにこのテーマを重ねることもできるけれど、
ここでは単純に視力がなくなったら?見えないということとは?
について言及しているように感じいた。
私の今の生活から視力が失われたら一体何がのこるのだろう?
きっと何らかの方法で作品を作り続けるのだろう。

「海を見る」2011は10の映像を同時に上映したビデオインスタレーション。
映像は初めて海を見る人々の後ろ姿から始まり、彼らが振り返るところで終る。
よせてはかえす波の音と美しい水平線、この人たちは一体何を思い初めての海を
眺めているのかと思う反面、美しくまとまった映像を撮る為に、作為的な指示が
与えられているように感じてしまった。メインルームの隅にあるサンルームに
少し毛色の異なる「海を見る」作品が1点展示されていた。
5人の子どもが手をつなぎ海を眺めている。大人達同様、一定の時間が過ぎると
一人ずつ静かに振り返る。と本来ならここで作品は終了なのだけれど、この後、
OKをもらった子ども達は一目散に海へ駆け寄り、衣類を着ていることも構わず
海の中へと入って行く。もし、人々が初めて海をみたら、きっと一目散に飛び込んだり、
味見をしてみたり、裸足で砂浜に立ち下を向き地面が動いてるような
感覚を楽しむのではないかと思った。
今回は映像のみでしたが、初めて海を観た人々の言葉もきいてみたいと思った。


これらの作品は第12回イスタンブールビエンナーレに関連した作品のようでした。
パリ、ベネチア、カリフォルニアなどこれまでは様々な所で暮らした
彼女の日常から生まれた作品が多い中で、彼女の生活の場ではないイスタンブールで
彼女の体験することのない「盲目」というテーマを客観的に捉えている所が印象的でした。
彼女自身これらのプロジェクトを通し、どのようなことを感じたのでしょうか?
また、彼女に会う機会があれば是非聞いてみたいと思う。

最後にこの作品を観て、私の個人的な記憶が蘇った。
山に囲まれた町出身の一人の青年が海に憧れ港町に好んで住むということを話してくれた。
その青年とはとくべつ親しくも遠くも無い関係だったのだけれどその青年の言葉を思い出した。
その青年が近くの港町から遠くの港町へ引越をした数ヶ月後
ひょんなことから私もその遠くの港町を訪れることになった。
けれども、その青年に会わずしてただその町の群青色の海と空の水平線だけ眺めて帰ってきた。

これからも、私に多大な影響を与え続けるであろうソフィ・カル。
今回会うことが出来たことがことをきっかけにますます彼女の動向に着目したい。
ハラミュージアームアークでの「紡がれた言葉」ソフィ・カルとミランダ・ジュライ
もとても楽しみ。早いうちに観に行きたい。


ーーーーーーーーーー


「盲目の人々」1986
生まれつき目の見えない人々に、美のイメージとは何か、と問いかける作品
「私がみた最も美しいもの、それは海です」と答えたひとりの盲目の男性の言葉に触発された
視覚、認識に関するカルの問いの旅が下記の作品

「最後にみたもの」2010
失明した人々を取材し、写真と言葉で綴った作品

「海を見る」2011
生まれて初めて海を見る人々の表情を捉えた映像


私はイスタンブールに行った。そして盲目の人々に出会った。
多くは突然視力を失ってしまった人々だった。
彼らが最後に観た物を話してくれるよう頼んだ。

私はイスタンブールに行った。
水に囲まれたその町で、一度も海を見たことがないという人々と出会った。
私は彼らの '最初' を撮影した。

ーソフィ・カル



原美術館プレスリリース

ハラミュージアムアークプレスリリース
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by atelierhibari | 2013-03-22 11:39 | Exhibition

New Year Greetings 2013

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今年も参加させていただいています。
ギャラリーみずのそらでの New Year Greetings。
今年は巳年。
どのような空間になっているのでしょうか?
ぜひ足をお運びください。

ーーーーーーーーーーーー

活版、グラフィックデザイン、写真、イラストレーション、
版画、製本、カリグラフィー……さまざまな分野で
活動している方から送って頂いた年賀状を展示します。
それぞれの思いで作られた年賀状の一枚一枚を、
見て触って、お楽しみください。

「New Year Greetings展」

会場:ギャラリーみずのそら
会期:2013年1月11日(金)~1月20日(日)※1月15日(火)休み
住所:〒167-0042 東京都杉並区西荻北5-25-2
時間:12~19時、最終日は17時まで

・初日16〜20時にオープニングパーティを開催    
・あゆみ食堂開店日:オープニング、19(土)15(火)

★参加作家の紹介などは公式のフェイスブックページにて:
https://www.facebook.com/NYGexhibition?fref=ts

☆地図は辻恵子(参加者 & まとめてる人)のブログにて:
http://tsujikeiko.blogspot.jp/2012/11/nyg2013.html
※4月には同会場で辻恵子展が開催されます。
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by atelierhibari | 2013-01-11 19:01 | Exhibition

JIYU GAKUEN Arts & Crafts Exhibition

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地元、ひばりケ丘にある自由学園による4年に1度の美術工芸展に行ってきました。
毎回、紅葉の美しいこの時期に、10万平米の敷地の木々と遠藤新の建築、
子どもたちの作品を見るのを楽しみにしています。

今回、私が面白いと感じたことは、例えば
「登山」という行事を通し、計画をたてること、地理をまなぶこと、
食事をつくること、美術として表現すること。
1つのサブジェクトで、様々なことを学ぶスタイルです。
このような学び方は、欧米ではよく取り入れられている方法かもしれませんが、
学ぶ側にとって、とても理想的な学び方だなと思いました。
教科書が嫌いな子でも、このような方法なら色々なことを関連付け
楽しんで学ぶことができるし、いくつかの中から自分の得意なことを
捜すことができるのではないかと思いました。
日本でも小さいうちからこのような学び方の機会をもっと与えてほしいです。

イタリアのレッジョ教育同様、見た目の美しさばかりに目を奪われがちですが
キリスト教に基づいた教育理念、自然と生活と工芸が共にあることなど
奥深い性質が随所に感じとれる自由学園の教育発表会(工芸展)でした。

以前にくらべ、しののめ寮のカフェテリアなど、一般の人が自由学園の
施設を利用できるスペースができてきました。私も時々ランチを食べに行ったりします。
池袋の明日館と合わせ、何かの折にふらりと訪れてみるのも良いと思います。
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by atelierhibari | 2012-11-19 02:13 | Exhibition

WHITE ROOM


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黒ねこ事務所の黒ねこゆりさんのぬいぐるみ展が
六本木にあるギャラリーMITATEにて開催中です。

かわいいだけじゃない
ちょっとざわざわしてしまう
ゆりさんのぬいぐるみ。
ぜひ、みていただきたいです。

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「黒ねこ事務所のぬいぐるみ展」


ここはぬいぐるみのじゅんびしつ

かわいくうまれてくるのには、

たくさんのじゅんびがひつようです。

とうめいはみかんせい。

まだはっきりといろのないあのこたちを

どうぞのぞきにきてください。


10/26(fri)~11/8(thu)
11:00-19:00(最終日は16:00まで)
月曜定休 / 入場無料
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by atelierhibari | 2012-10-31 09:41 | Exhibition

" What can the art do? "

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3月24日、六本木アートナイトに行ってきました。
昨年、楽しみにしていたのに震災で中止になってしまい
今回、やっと訪れる事ができました。

六本木アートナイト、バブル期の残り香がしたのは否めないけれど
普段アートに触れる機会のない人々にも、気負いなく、お祭り気分で
アートを身近に感じてもらえる良いイベントだと思いました。

ただ、一晩で巡るには規模が大きすぎる気もしました。
もう少し、春の夜をアートと共にゆったり過ごせるぐらいの規模でも良いのかなと。
美術館の入場料は無料で、一晩中開館していると思っていましたが
そうではなかったのでそこも少し残念でした。
(なぜそう思ったのでしょう? 以前はそうだったのかな?)

今回、このイベントを訪れた1番の目的は友人らがコーディネートをつとめる
「ぼくらの未来美術〜深夜教室」というイベントを聞きにいくことでした。
全国の美術学生が震災後「アートに何が可能か?」をプレゼンテーションする場でした。
(といっても、このイベントの関連大学の学生さんがメインでした)

終電で帰るため、24:30の閉幕まで拝聴する事はできませんでした。
私が帰った後で素晴らしいプレゼンをした学生さんもいたかもしれません。
けれども、正直な感想として、学生さんたちのプレゼンは
与えられたテーマに対してのコンセプトが浅く感じられ、
また、プレゼンテーションがあまり得意ではないように感じました。

伝えなければいけない、一番大切なところがあやふやにみえたり、
プロセスが面白いのに、それをとばして成果物だけ見せてしまったり、
もじもじ照れながら話したり、表情を変えず淡々とぼそぼそ話したり。
自分が暖めてきたアイデアが選ばれ、晴れて発表の日となったのだから
もっと明るい表情で、自信をもって、聞いている人々を引き込むような
熱を帯びた発表できたら良いのにと思いました。
どこの学校の学生にとっても「伝える」という事を学び、発展させる事が
共通の課題なのだなと思いました。

次の日に3331ARTS CHIYODAでは、「ぼくらの未来美術〜深夜教室」のコーディネートを
つとめていた東北芸術工科大学の美術館主任キュレターの宮本武典さんも参加していた
シンポジウム「つくることが生きること」が開催されました。実際に震災に遭われたアーティストや、
被災地でボランティア活動をしているアーティストのリアルなお話を聞く事ができました。
ここではアーティスト以前に人として何ができるか?というお話をされていました。
とても現実的かつ社会的でとても素晴らしかったです。

「つくることが生きること」

学生さんたちも、このような話を聞いたり、体験していたりしていれば
(している人もいたかもしれませんが)
もっと、テーマに沿った、現実味を帯びた、想像性に富んだ
アイデアを出すことができたのではないかと思います。

アートに正しい答えはないし、答えを見いだそうという事すらおかしなことなのかなと思います。
テーマやコンセプトは作家に委ねられ自由であるべきだとも思います。
それらは、とても個人的な何かでもいいし、社会的、歴史的、文化的な何かでもいいと思います。

ただ、発表するからには、そこには鑑賞する人々がいます。その人たちに、何か、例えば
「?」でも「!」でも、何かを感じさせるものであるべきだと思います。
そして発表の先には「?」や「!」を自由に語る場がある事も大切なことだと思います。
それが、一見無くても誰も困らないと思われがちなアートが社会や文化をつくる
大切なエッセンスだということを伝える事につながるのだと思います。
アートの可能性、延いては世の中の可能性を広げる役目になるのだと思います。

「そんなの関係な〜い」って思うのなら、ヘンリー・ダーガーのように、作品を押し入れにしまいこみ、
一生自分の為だけに制作していればいいのです。それはそれで良いと思います。

今回、学生さんたちは、きっと一生懸命制作し、発表をしたのだと思います。
けれども、上記のような事をふと思ってしまいました。
今回は「震災後の」という言葉が頭についた、とても繊細で真剣(真剣にはまじめに、堅物に、
形式張ったというのではなく、もちろん、そこにユーモアがあってもいいと思います)に
取り組まなくてはならないテーマだったにも関わらず、プレゼンターの発表は
そこまで深く考えを巡らせているように感じられなかったので、このように思ったのかもしれません。
最後に、審査員は国内外に名を連ねる有名アーティストでしたが、
震災に遭われた人、遭われたアーティスト、震災後に被災地に出向き何らかの活動をしている方々が
審査をつとめた方がより良い講評会になったのではないかなと思いました。

震災後、沢山の人々が様々な活動をしています。若いデザインやアート学生の方々が
どのような事を考え、感じているかを知る事ができ、とても有意義な春の夜を過ごす事ができました。
来年はどのようなテーマに望むのかな?また、話を聞きに行きたいと思います。

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普段はこのような場で批判的な事を書かない私ですが
今回ばかりはちょっと辛口だったかもしれません。
それは、やっぱり、私が先生だからかな?
(先生と言う言葉も、そう呼ばれるのも抵抗ありますが...)
それだけ、アートやデザインを学んでいる人たちに
私の思う事を率直に伝え、意見交換をしながら
一緒に学んでいきたいという気持ちが強いからかもしれません。
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by atelierHIBARI | 2012-04-04 01:01 | Exhibition