atelier HIBARI

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What sort of things fascinate me about them?

2016年10月10日に国立近代美術館 で開かれた
奈良美智 さんの講演「彼らの何が自分を惹きつけるのか」を聴講してきました。

育った土地、子ども時代、祖父母がいた場所、家族のこと、(宮沢賢治のこと)、
それらから与えられた感受性について奈良さんも大切に思っているのだということを
確認できたように思いました。

<メモ>
・絵画論ではなく個人、社会、思想、色々な側面からみる経験的リアリズム
・表面的なことより精神的なリアルさ
・その人でなければ描けないウソでないもの
・村山槐多 22 松本峻介 36
・絵画と詩作
・生きている絵画
・人+景色=風景
・美術を始める前/技術を身につける前までに培った感性のうつわの大きさが重要
・音楽、文学、自然、地方文化、物の少ない生活
・空間の中に色々な物があるー麻生三郎
・絵画の四隅について
・「Tearful eye」宮沢賢治の目の中の宇宙
・生きているものがいない静かな風景。自分を投影してみる。
・アカデミックより湧き出る物がある絵。本当のリアリティー
・麻生三郎先生と自分がいてきた風景が同じ。地方格差
・戦中戦後の風景は自分が子どもの頃に見てきた風景ににている
・雪切り、巻きストーブ。ホッピング、フラフープ、薪→石油、木箱→段ボール
・物質的に貧しい
・現在のサハリンの風景をみると戦後の青森の風景を思う
・花巻→栄浜→白鳥湖前駅(白鳥の停車場) 宮沢賢治が「銀河鉄道の夜」の着想をえた鉄道
・ホントの自分、感受性、優しい気持ちを封印








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by atelierHIBARI | 2016-10-12 01:18 | Lecture

The universe/Human being/Art - DESIGN PROCESS

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2011年、こどもの城で開催された講演「TACTILE=触覚」以来
久々に駒形克己さんの講義を聴講しに伺いました。

Twitterで情報を知りすぐ申し込み、母校女子美術大学へ駆けつけて本当によかった。
駒形さんがここ何年か大病をされていたのを心配していましたがとてもお元気そうでした。
これまで通り世界中を飛びまわり、ご自身の経験を若い世代に語り続けている姿勢に感銘を受けました。

講義の途中、眠っている学生が多くいたようでそのことを駒形さんが言及しているシーンがありました。
正直眠たくなる授業もあります。けれども、自身の命を削るようにお話をして下さっている
駒形さんの講義で眠るのは間違っていると思います。
自分の好きなことが学べる美術大学の学生ですら、
自発的な学びができる人は少ないようです。
母校の後輩には少しがっかりしました。

特別公開講義として、一般にこのような機会を与えてくださった母校に感謝します。
大学が開かれた場であることは、学生にとっても、社会にとっても、とても良いことだと感じました。

女子美術大学 アート・デザイン表現学科
特別公開講座「 「宇宙・人間・アート」」


<備忘録>
駒形さんの講義中に発せられた言葉を私の解釈でカテゴリー分けし記録したものです。
講義を聴講されていない方には?かもしれませんし、カテゴリー分けはご本人の意思に
反するかもしれませんが私の記憶に止めておくためにこのようにさせていただきました。

ーーーーーーー

特別公開講座 「宇宙・人間・アート」
「デザインが生まれるプロセス」

・質は量から生まれる
・モノづくりの良心
・必ず自分が良いと思うことを選ぶ(なんでも良いではダメ、Aにしたがうもダメ)

<自己のありかた>
・自分の価値観を確かめる、でないと低いままでいてしまう
・自分で良しとすること
・量に向き合う姿勢
・満足している人にチャンスは訪れない
・あきらめない
・受け身ではダメ
・コンパスのように、軸がぶれない努力を。
・自身で選ぶ努力

<他者や社会とのかかわり>
・社会性を身につけたい
・競争より共生
・個性や個人の価値観が重んじられる社会へ
・人と関わる
・種のように(環境が作用しないと発芽しない)

<仕事のとりくみかた>
・のんびりではダメ、やるときはテキパキやる
・10分間のプレゼンで手際良くシンプルに
・センスの良さを押し売りするデザインであってはいけない
・奇麗、美しい、センスのよさだけが全てではない
・デザインは問題解決
・時間/コミュニケーション/コスト
・自分が仕事をしてみたいと思う会社にアプローチしてみる
・現状を把握する/問題定義する/問題解決に導く
・スケッチワークから生まれる
・いつでもスケッチブックをもちあるく
・手は飛び出た脳
・コップに水が溢れるようにアイデアを出す
・資格のいらない仕事は多くの人が望む

<心のありよう>
・人の心に作用する
・ひとりよがりではダメ
・モノづくりの姿勢
・モノづくりの良心

<3つのデザイン>
・UPDATE
実績のあるデザインを更新する
・RIGHT IN TARGET
ターゲットを訴求するデザインを追求する
・FAR OUT
半歩先行くデザインを目指す
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by atelierHIBARI | 2016-10-04 02:54 | Lecture

Clinically Art

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©This image is from A/A gallery

3331 Arts Chiyoda 内にあるエイブルアートスタジオで開講された
「臨床するアート」とう講座の「時間と空間を届けるアートワークショップ」
を聴講してきました。

講師はいつもお世話になっている中津川浩章先生。
以前、工房集を訪れた際にもこのブログで先生についてお話ししました。
バンタンデザイン研究所、エイブルアートスタジオでの講師の他
工房集のアートディレクター、さらには被災地や保育園での
ワークショップのファシリテーターなどをされています。
本当は何人もいるんじゃないの?一人で全部こなしているの?
と疑ってしまうほど、超多忙なアーティストです。

先生の活動に以前から興味があり、お話を聞かせていただきたいなと思いつつ
学校ではなかなか時間がありませんので、今回このような機会を持たせていただき幸運でした。

トークでは先生の若かりし頃の様子、アーティストになった経緯
被災地でのワークショップについて、保育園でのワークショップについて
福祉施設での活動など、画像を交えて沢山のお話を伺うことができました。

《備忘録》
私の覚えてること興味をもったことを私の解釈とともに私自身の為にメモされたものです。
このブログを読まれている方と共有いたしますが講演内容はこの数倍も素晴らしいものです。
機会があれば是非ご本人からお話を伺ってください。

ーーーーーーーーーーー

◎まずはご自身のお話 ー 自己肯定/生きる力/表現するということ

進学校に通われていた高校時代。先生は、いわゆる品行方正ではなかったようです。
授業をさぼっては、雀荘に通い、お酒を飲んで、バンドをしたり、時には暴力をふるったり。
現在のにこやかな先生からは想像もつかない様子。だけど、時より見せるキリッとした
意志の強さや厳しさのような物は、アーティスト特有のそれとは別に
不良少年の名残りや、Rockn'Roll 魂のような物だったのだと、今になって思います。
先生は、多くの十代の男子が抱える、ヒリヒリとした苛立ち、反抗心、焦燥感を持った
多感な高校生だったのですね。

ある日、高校の先生に呼ばれ、こんなことを言われたそうです。
「学校を辞めたらどう?つねに250人中250番だけれど
もし、この学校に1000人の生徒がいたら君は1000番だよ」と。

先生のお母さんはその話を聞いて涙したそうです。
そのとき先生はお母さんに聞きました。
「僕と先生の言うこと、どちらを信じるの?」
お母さんは迷わず自分の息子を信じるといいました。
それから、先生は自分に向き合い、自分が何が得意で、何が好きか考えました。
そして美術の成績は良い方だ。絵を描くことが好きということに気づき
ご近所のアーティストに絵の手ほどきを受けました。

ひとりで絵を描くことは気持ちがよいこと。
絵を描くことは自分に向き合うこと。
ー 自己肯定。

自分自身の周りで起きている困ったことや、嫌なことの要因は、自分自身にあると言います。
先生にとって絵を描くことは、自身に向き合うこと、自分自身と対話することだったのです。
絵を描くことを通し、自身と向き合い、対話し、自己肯定を通し、自分自身に平和を取り戻し
自分自身が変化したことによって、周りの態度が変わり、人間関係が好転します。
そして、画家になることを決意されました。それ以外には。考えられないと思ったそうです。

後に先生は、自分の好きな作家にアウトサイダーアーティストが多いということに気がつきます。
そして、彼らの作品への向かい方と先生のそれとが似ていると感じるのでした。

絵を描くことは単に物を創るということだけではなく
自分自身と向き合い、対話し、肯定し、表現し、生きること。

先生はそれまで画家として活動されてきましたが
アウトサイダーアーティストの共通点を見いだしてからか
40才以降は、障害者の福祉施設、保育園、専門学校、大学など
様々な施設で教育に関するお仕事や、ワークショップに携わるようになっていきます。

ある日、中津川先生と教員室ですれ違った時、こんなことをおっしゃっていました。

「以前は年間4回も5回も個展をしていたんだけれど、現在はワークショップばかりしている。
自らそう仕向けている訳ではないから、きっと時代がそれをもとめているんだろうね」

ワークショプ自体がアーティストの表現になりうるし
既にそれを意識的に行っているアーティストも沢山います。
けれども先生の場合は、もっと、こう、目に見えない何かに突き動かされ
ワークショップをするという任務を自然に受け入れいるという感じがします。

画家になったのも、現在しているワークショップのお仕事も
宿命的な出会いなんだろうなと、お話の端々からそう感じました。

そして先生はこう続けます。

「アーティストとして絵を描くことは、できるだけアートから有用性を排除すること。
これまでのアートの文脈により、アートとは何かの役に立つ物ではあってはいけない。
誰の役にも立たない物を、ただ、ひたすら描き続けてきた。」

「けれども、ワークショップの仕事は確実に誰かの役に立っていて、役に立っているという喜びを感じる。
そして、ワークショップをするたびに、参加者からもパワーをもらう。
あんなに色々な場所を行き来しているのに、疲れを感じることがまったく無い。
アートに有用性はないけれど、人としては役に立ちたい。自分に対し、肯定的に、人の役に立ちたい」と。

◎仙台でのワークショップのお話 ー 主体性/身体とアート/プリミティブ

震災後、5月にアートインクルージョンというグループと美術家の村上タカシさんと仙台を視察されたそうです。
そこで自分たちに何ができるか、何が必要とされているかを考えたそうです。
そして、宮城県仙台市、長町駅前、児童館、福島県、南相馬の幼稚園などで
子ども向けワークショップや、似顔絵屋さんを展開していきます。

通常、大きな紙と線を使用したワークショップでは普通の鉛筆を使用するそうですが
被災地では、鉛筆の黒い線が集合して面になり、暗闇になっていく様は
子どもたちに震災のトラウマを呼び起こす物と考え
カラフルなクレヨンを使用してのワークショップとなりました。

1)大きな声を出して
2)最初は1本のクレヨンで
3)続いて2本同時にもって
4)左手を使って
5)太鼓を叩いて、そのリズムにあわせて
*被災地では金属製のお盆に菜箸を使用

このようにアプローチをするわけは、好きに描いて良いと言ってしまうと
大きな画面に小さく、記号的なキャラクターを描く傾向にあるからです。
このようなワークショップでの目的は単に絵を描くということではなく

心を解放し、体を使って、プリミティブ(原始的)になることが大切なのだそうです。

話を聞いていると、なんだか、シャーマンの儀式のようです。
もちろん、ワークショップに宗教性はまったく無いけれど。
太鼓をたたき続け、大声を上げ、体を使って線を描き続ける行為は
開放的で、気持ちがよいだろうな。きっとトランス状態になると思う。

開始当初、子どもたちは警戒心をむき出しにし
「絵を描く意味なんか無い、やりたくない!」と言ったそうです。
クレヨンを蹴ったり、紙を破ったり、プロレスをしたり、
先生の目を見ながら、挑発的に、棚の上にある物をひとつずつ落としていったり。
先生は覚悟を決めました。
「これはいつもと状況が違う、真剣勝負で臨まなければ....」

けれども、線を描き続けるうちに、反抗的だった子どもたちは一転して、静かに集中していきました。
最後には「ぼくの芸術!さわるな!」といって、自分が描いたところを大切に持ち帰ったのだそうです。

プロレスを仕掛けてくる子どもたちは、大人と身体的にふれあうことで安心感を得ていたのです。
震災後、子どもたちは大人からの見えないメッセージ、プレッシャー、重圧を感じていたのでしょう。
それが、不信感となり、ワークショップ開始時の荒れた状況を生み出していたのです。

それが、受動的から主体的に切り替わったとき、子どもたちはものすごい集中力で描き続け
最後にはすっきりと心が解き放たれ、帰路についたそうです。

◎南相馬でのワークショップと仙台での似顔絵屋さん ー1対1のコミュニケーション

南相馬では幼稚園でワークショップを行いました。
ワークショップ開始前に、沢山の子どもたちが、先生に寄って来ては
自分たちの身の上に起こったことを話したがったそうです。

「お家が流されて、何にもなくなっちゃった」
「先生何歳?43歳?43歳?」(おそらくこのこのお父さんが43歳なのでしょう)
ここでもやはり、やたら体に触れたがる子どもが多かったそうです。

外から来た人に、自分たちの身の上に起こったことを話すことにより
気持ちが落ち着くのでしょう。触れてはいけない話と、避けるのではなく
ゆっくりと耳を傾けて、相手の思いを受け止め、理解することで
その人たちが癒されることもあるのですね。

仙台では似顔絵屋さんを行ったそうです。

先生は1人につき20分ほどかけ、5時間ほど休み無く、似顔絵を描き続けたそうです。
待っているお客さんは、お茶とお茶菓子を頂きながら、みんなで話しをし順番を待っていたそうです。
モデルとなっている人は、先生と話しをしながら、和やかな時間を過ごしました。

先生はこんなことをおっしゃっていました。

「70歳ぐらいの人をじっと見つめて、話を聞きながら描いていくと
その方の二十歳ぐらいの顔が見えてくる。小学生の女の子を描いていると、
その子が大人になった顔が見えてくる」と。

似顔を描かれた人の中には、感動して遺影にしますと大切に持ち帰った方もいらしたそうです。
誰かに20分間も見つめられる行為は、普段の生活の中ではあまり無いことだとおもいます。
お互いじっと見つめ合う時間は、自身を見つめる時間でもあり
なんだか、瞑想をしているような状態だったのではと想像します。
心配事の多い忙しい毎日に、たった20分間だけれど
自身に向き合う時間は、とても貴重で有意義だったことでしょう。

Perfect communication is person to person
1対1こそが完璧なコミュニケーション
という言葉が頭をよぎりました。

◎良いワークショップを作るには ー 形にならない感覚を与える

被災地を駆け巡りながら、東京でも様々なワークショップを行っています。
最近では保育園でのお仕事が多いそうです。そこで感じたことをお話ししてくれました。

'良いワークショップは自分が消えているとき'

受動的ではなく、参加者が(ここでは、保育士さんと園児たち)が主体的に表現に取り組み
何かを発見していくことができたら、そのワークショップは良いワークショップとなります。
ワークショップは何かを教えることではない。ときに、ファシリテーターが教えられる、
癒されることも多々あります。そこにいるみんなが、一丸となり、一致団結し
みんなで作る空気感がとても大切と先生はおっしゃいました。

'うまくいかないワークショップとは?'

ネガティブな空気感がある
(保育園や施設の)先生方がやらされていると感じている
(保育園や施設の)先生方の実績を残すだけのもの

これまで、先生は様々な教育機関でワークショップに取り組んできました。
その多くは、コミュニケーション・デザインやアートの情報を与えたり、
4つの記号(例えば:家。乗り物、動物、植物)を与え、絵を描き
そこから絵の見方(絵解き)を解いていく、実践的、実用的な物が多かったようです。

けれども、最近ではもっとコアな部分に触れるような
身体的、感覚的な物に移行してきているのだそうです。
そのようなワークショップのほうが、より現代社会が必要としていると
感じてらっしゃるのでしょうか?

ワークショップを成功させるには、この「形にならない感覚」
一丸となり、一致団結し、みんなで作る空気感を
先生方や保護者の方に理解してもらわないといけません。

ーーーーーーーーーーー

◎聴講して思ったこと

私が普段授業を受け持っていて思うことは
万全の準備をしていったからといって
その授業が良い物になるとは限らない。

授業は '生もの' で、即興性のあるもの。
そこにいるみんなで作り上げていくもの。
その時の空気をみて、いつもフレキシブルに、
フリースタイルで行うもの。と考えています。

では、どのようにその空気を読むのか?
それは、学生一人一人に向き合うこと。

現代の若者の多くが被災地の子どものように
心に問題をかかえていたり、自信が無く
不安な気持ちを抱えて生きています。

以前は、大学や専門学校の講師として、義務教育の担任でもないのに
学生のプライバシーに関与することは良くないこと。
お互い、プロフェッショナルとして、専門分野の話だけしていれば
良いのではないかと思っていました。

けれども、学生の懐に入らないとなかなか良い授業
良い空気感を作ることはできないと気づきました。
そこで、授業内外で、学生の悩みや不安について耳を傾けたり
私自身の話などを赤裸々に語るようになりました。
(もともと、そのような関係を気づきたかったのに、
なぜだか、それはいけないことのように感じていたのです)

恋愛のこと、家族のこと、さまざまな人間関係、将来に対する不安など。

こちらから歩み寄り耳を傾けると、学生は感じていることを
つらつらと話しだし、話した後はすっかり落ち着いて制作を始めます。
みんな、ふつふつとした思いを日々抱えていて生きているようです。
特に、アートやデザインのような答えの無い問に日々取り組むものは
時に、心を解き放ち、いろいろな物を吐露しなくてはいけないような気がします。

それが、できたときには、とんでもない絆と力が生まれ
クラスが一体となり、個々に自身の方向性を定め
自発的に制作していくようになります。
こうなると、先生の言うところの「私が消える」という状態になり、
本当に良い空気になっていきます。
私はまだまだ、未熟なので、このような経験は数回程度ですが...
こういうことを意識して、日々精進していかなければいけませんね。

美術学校ではいわゆる、「造形=形を造る」ことを主に教えますし、習います。
けれども、目に見える「形を造る」以前に、目に見えない「感じること」「考えること」
を大切にしなくてはいけません。今、私はそのことを学生と日々取り組んでいます。
教える方も、習う方も、これに関してはとても難しいと感じています。
ですから、毎日一緒に学んでいます。

今回、先生のお話を聞いて、この「目に見えないこと」が
いかに様々なことに作用するかということに確信を得ることができたように思います。

中津川先生の活動に関しては、先生のトークに、一切宗教的な要素はありませんでしたが
お話を聞いていると、シャーマン、瞑想、目に見えない絆や繋がり、感覚などといった
スピリチュアルな単語がポンンポンと浮かび上がりました。

これらは、今でこそなんだか、怪しげだったり、特別なことのように感じますが
太古の昔、原始時代の私たち人間が動物に近かった頃には
みんなが普通に感じていた感覚だと思います

先生も、トークの中で幾度となく’プリミティブ(原始的)’という言葉を使用されていました。
現代に生きる私たちは、早い時間の流れの中で生活をし、この「感覚」が大変鈍ってきています。
けれども、もう少し、自分自身の為の時間を持ち、感性を研ぎすし、感覚を尊重しても良いように思います。

感覚を研ぎすまし、与えられた物を、自然に受け入れ、ただ一生懸命行えば
何も迷うことなど無く、すべては自然と良い方向に向くのではないかと思います。

また、アートの歴史を振り返ってみても
ピカソ、マティス、ゴーギャン、岡本太郎といった
偉大な芸術家は晩年、プリミティブな世界へ旅立ちます。
そこに、芸術や人間の本質、奥深い性質を見いだそうとしました。
技術やテクニックといった目に見えるものの追求というより
目に見えない大切な何かを探しに出かけたのではないでしょうか。

中津川先生は、おそらくタヒチも、北アフリアも訪れてはいないけれど
感覚的なワークショップ行いながら、被災地を回ることが、先生にとっては
多くの芸術家の行ったプリミティブな世界への探求に
近いのではないかと思いました。

先生の実体験から話される貴重なお話。
まだまだ、頭の中で整理しきれていない感はありますが
私自身の体験と照らし合わせながら、ゆっくりと心で感じ
新たな気づきを発見していきたいと思います。

貴重なお話をありがとうございました。
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by atelierHIBARI | 2011-11-20 21:26 | Lecture

TACTILE

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Photo taken at didart, Reggio Emilia

お勉強シリーズ第3弾(?)
先日訪れた逗子での講演「ムナーリの本」の講師岩崎清さんにお誘いいただき
東京青山にあるこどもの城で開催された駒形克己さんの講演
「TACTILE=触覚」を聴講してきました。

現在、東京都渋谷区松濤にあるギャラリーTOMにて「駒形克己の触察本」展が
「ぼくたちがつくったもの2011」展と同時開催されています。8月31日(水)までです。

最近、貴重なお話を聞く機会が本当に多いです。ありがたいことです。
インプットばかりでなかなかそれらをいかしきれていないような気がしますが....
これらの経験が積み重なりいずれどこかでいかせる時が来ることを信じて....
理論×実践、自転車の前輪と後輪のバランス(レッジョの考え)で活動できたらいいなと思います。
(この夏、3つの異なる子ども向けワークショップを主催または参加するので、是非そこで!)


《備忘録》
私の覚えてること興味をもったことを私の解釈とともに私自身の為にメモされたものです。
このブログを読まれている方と共有いたしますが講演内容は
この数倍も素晴らしいものです。機会があれば是非ご本人からお話を伺ってください。

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駒形克己さんは造本作家/グラフィックデザイナー。
日本グラフィックデザインセンター、永井一正さんのアシスタントを経て
1977年、23歳の時に渡米。

こんな言葉から講演は始まりました。
永井一正さんに言われた言葉がずっと心に残っている。
「狭い道を歩きなさい。狭い道から広がる世界があります。」
その言葉はずっと35年心にのこりその言葉をいかそうと頑張って来た。

◎ニューヨークへ −結婚、子どもをもつー
23歳で渡米したときには言葉は全くしゃべれず
何とかなるだろうという気持ちでいたが何とかならなかった。
3年間はLAで沢山の仕事をした。その間にポートフォリオを準備し
NYにアプローチしようと思いました。NYの方がよりチャンスがあると考えたからです。
NYに移り3ヶ月が経った頃にCBSというテレビ局で募集があり就職できることになった。
それまで紆余曲折あった。3ヶ月間これはというデザイン事務所にあたるが
ポートフォリオを置いてくのみ。しばらくするとポートフォリオを
とりに行くだけで何も起こらなかった。CBSを受けるときにポートフォリオを
置かなくていい方法を考えました。ポストカードサイズの小さな物を制作し
「私のポートフォリオはあまりにも小さいので置きに行く事ができません」といった。
その結果面接に至り合格する事ができた。
職場の前にはMoMAがありよく仕事帰りに立ち寄った。

1983年帰国、6年後に結婚しました。
子どもができ、そこから子どもの本づくりが始まりました。
最初は子どもとどのように接して良いのか分からなかった。
お母さんはお腹にいるときから一緒だけれど子どもにとってお父さんは
「誰この人?」という感じだと思います。それを生後3ヶ月の娘から感じました。

私は彼女の目が見えているのだろうか?と確かめました。
彼女の視線を集めたいと思いました。
様々な色彩を使ったカードを制作しましたが意外にも彼女が反応を示したのは
白と黒のコントラストの強い物。
お母さんのおっぱいは妊娠とともに黒くなる。
「なぜ?」それは、視線がおぼろげな赤ちゃんにとってサインのような物ではないか?
食べ物の場所が分かりやすいように黒い。しかも形はまるで、丸い目玉のようなのです。
信頼を会得する為にアイコンタクト、目と目を合わせるという事が
赤ちゃんのときから刷り込まれている(インプリント)のではないかと思いました。

そうして子どもが反応するカタチだけ集めた物が1990年に発行された「FIRST BOOK」
私はただ単に娘が反応するのが楽しくてこのようなカードを制作しました。
この事により娘と経験を共有するという事が出来ました。
コミュニケーションというのはラテン後のルーツをもつ
コミュニケールから由来し本来は共有するという意味です。
行為や経験を共有することによりコミュンケーションが育まれると強く思いました。
私はこんなふうにカードを通し、娘とコミュニケーションをとることに没頭していました。
そのうち娘が、生後6ヶ月で色に反応するようになる。
一変に色々な物を見せると目が右に左にめまぐるしく動き
そのうち泣き出してしまった。私は色も順番に見せて行く工夫が必要なのではと思い
「PLAY WITH COLORS」という本を制作。

◎世界へ羽ばたく絵本
パッケージから出すとバラバラになってしまうところが日本の書店には受け入れられなかった。
ですから、ニューヨークのMoMAに持って行った。とても喜んでいただき
1992年のクリスマスにMOMAで大々的にディスプレイされました。
その時たまたまディスプレイをみたパリの図書館司書の人が「PLAY WITH COLORS」見つけて以後
ヨーロッパで盛んにワークショップや展示が行われるようになりました。
その後、ポンピドゥーセンターのソフィー・キューテルが興味を持ってくれて
彼女から視覚障害者の為の本を制作してみませんかというお話をいただきました。
視覚障害者と関わった事がなかったのでお断りしようと思ったのだけれども
熱心に薦めてくれるので一度パリに打ち合わせをしに行こうと思いました。
視覚障害者の為の本を制作作しているビジョンという名の出版社を9.11に訪れました。
ソフィーさんは「視覚障害者と健常者が共有できる本を制作したい」といいました。
この「共有」は私自身のテーマでもあったため心に響きやってみようかなと思い受ける事にした。
彼女が制作している本「アリとレオ」を見せていただきました。
財布を落としてしまったのはアリなのか?レオなのか?と判断するお話。
財布の中には何がはいっていた?本はエンボスで制作され
最後のページにあるポケットの中にお財布に入っていた
全ての物が入っている(コインやチェーンなど)

ソフィーは私に宿題を出しました。視覚障害者のかたに「カタチ」を理解してもらう本の制作。
カタチ、まる、さんかく、しかくを見せるだけでなく
「カタチの変化」を捉えられないかと考えました。
視覚障害者の方が触手によりカタチを感じられる本を制作。
「Little eye」と同じくそれらのカタチを本の中におさめる努力を
印刷会社の職人さんと頭を悩ませました。
表紙に大きな点字を使用しました。モニタリングをしてくれるシルヴィに送った所
やはり何がなんだか分からないという答えが帰ってきました。
サイズを変えたり試行錯誤している中でシルヴィから励ましの言葉をもらった。
「はじめ、触りながらこれが点字だと分からなかったけれど
ある瞬間これが展示と分かった時とてもワクワクした」とおっしゃいました。
私は視覚障害者の人達に今まで作られた本を沢山見せて頂いたけど
私達の見えている世界を置き換えた物が多かった。
私達が本を経験しているときに想像力を伴う作業をしているのではないかと思いました。
例えば、夏目漱石の「坊ちゃん」10人の読者がいれば10通りの坊ちゃん像がある。
想像力を楽しむ事が本の要素としてある。子どものものは分かりやすいものを選びがちで
マンガっぽいものやアニメっぽいものが増えて来ているように思います。 
本を経験する中で想像力を楽しむという事は捨てがたい事。
もちろん、何が良くて、悪いという訳ではなくて
色々なアプローチがあっていいのだなと考えました。
たとえそれば多数に向けたものでなく、少数に向けたものでも
幅が広がるのならぜひ挑戦したいと思いました。

◎「折ってひらいて」ができるまで
視覚障害者の為の本は両手で触手するのでしっかり見開く事が出来ないと行けない。
ほとんどの本はリングで綴じている。もっと本を広く感じて欲しいと思いました。
私は印刷会社の人にリングを使用せずに完璧に見開くようにとお願いしました。
紙も視覚障害者の方に感じてもらいました。
視覚障害者が「この紙きれい」といった紙はとても高価なもでした。
厚みがあって印刷がしにくいものでした。
私や弱視の方が楽しめるよるよう美しい色が出るよう努力した。
視覚障害者のかたたちが創造して楽しめる物を目指しました。
心臓の動きを視覚障害者の方たちにどう伝える事ができるか?
心臓は小さくなったり、大きくなったりします。折り紙でポンプの動きを表現した。

私達は時々自分の気持ちを隠してしまいます。この本でも同じ事がおきます。
隠されているのだけれど、この本がとても好評になった。
日本では需要がないのでばっさり切られてしまった。
杉並区にある盲学校にいったけれど、布製の手づくりの物はあるが
出版物としての視覚障害者向けの本はありません。
そこでこの本をフランス語版と日本語版を500部制作。
1万円以上するという事実に怒りを怒りを覚える消費者も現れる。
出版社はコストを下げることを常に考えている。けれどもそこに至らない場合もある。

一昨年、このような時代だからこそこのような本があっても良いと思い重版した。
様々なアプローチがあって良いと思った。アプローチの幅が表現の幅を広げる。
これからの時代は「競争」ではなく「共生」が必要なのではないかとおもった。
いろいろな価値観を共有したいと考えた。

◎「LEAVES」ができるまで
この本のあと、ポンピドゥーセンターから正式にオファーがきました。
ポンピドゥーセンターの中にはハンディキャップも持った人の為の
プロジェクトチームがあります。そこで別な本を作って欲しいということで
「LEAVES」という四季の移り変わりを気を通して感じる事の出来る本を制作した。
けれども視覚障害者の人は見る事も、感じる事も出来ない。
ならば本の中でそれを感じてもらいたいとこの本を制作しました。
表紙は点字に色を付けました。点字はとても制約の多い物。
A4サイズにタイプを打つ事ぐらいしかできません。
ある日本の会社がシルク印刷を使用し色を付ける技術を開発し特許をもっている。
でも、一部の人は点字で遊んで欲しくないという言葉がでました。
まだまだ難しい世界だと思った。何か展示をキラキラと宝石のように見せたいと思った。
この本はいろいろな紙のテクスチャーを持っている。
葉っぱの色をあえて白にしたのは、視覚障害者の人は色が見えない。
私たちから色を奪ったら色を創造して見る事になるのではと思いました。
葉っぱにはいろいろな種類があります。いちょう、もみじ、桜の葉っぱ...

この時12歳の男の子にモニタリングしてもらいました。
最初の頃は葉っぱの中央にいくつかの虫食いがあったのだけれども
葉っぱのふちにつける事にしました。
視覚障害者の子どもたちは「周りの形を把握しなさい」と指導されているので
葉っぱのふちを触って何もないと、葉っぱの中央にある虫食いの変化に気づかなかった。


◎様々な場所でのワークショップ
1/ ポンピドゥーセンターの視覚障害者向けのワークショップ
目の見える人には目隠しをしてもらいます。
この時は非常に実験的なワークショプでした。
様々な素材を目隠しして触ってみるというもの。

2/ エクスプロバンスの美術学校でタクタイルのワークショップ
健常者に向けてのワークショップもしている。

3/ マルセイユにある聴覚障害者の学校
会話は手話。ビジュアルな人達なのでイメージにとても素早く反応していた。

4/ ラユニオン
ダブルレインボー(虹が二つかかっている写真) ただ見せたかっただけ(笑)
ラユニオンはマダガスカル島の小さな島。
そこで私の展覧会視覚障害者向けのワークショップを開きました。
視覚障害者にとって私達と共有する事はとても大切な時間

5/ ボローニャの少年院
少年院でワークショップ16-18歳を対象
タクタイルのワークショップをして
とても大人しいいい子になりました。

6/ パリのエンサド(?)という美術学校でのワークショップ
視覚障害者にむけたプロジェクト
学生たちと向き合いながら一人一人面談しながら
ディレクションし最終的に1冊の本を作り上げるプロジェクト
全部で5日間パリに滞在しました。

とても面白いアイデアが生まれました。
表情を伝える/糸が本の中にある/劇場
海の世界をエンボスで表現/王様の話
音の形(砂が動く形で音を感じる物を聴覚障害者にむけて)
色覚異常の生徒の色覚異常の人の為の本
(20に一人5%が色覚異常がある、女性にはない
染色体の数後外に寄る)
世界には8つの山脈があると調査しその本を制作

◎TACTILE=触覚ワークショップの内容
こちらに1枚の紙があります。
これを3回おります。
角をハサミで切り取ります。
この紙を広げるとどのような形が現れるでしょうか?
この形が2つの正方形が現れました。
(違うコーナーを切る×2回)

これで算数が伝えられる
二つに折るという事は2乗を表している
三つに折るという事は3乗を表している

数式より楽しく算数を学ぶ。
目隠ししながらこれをやる。
子ども達の興味を引く。
私達は普段、教える事でどこか一方的になっているの。
入り口を工夫すると子どもたちは入りやすくなる。

このワークショップにはステージが3段階(正式には4段階)あります
1/ 先ほど紙を3回追って1カ所切るという作業をする
2/ 目隠ししたまま切った物を隣の人に渡す
  目隠ししたままもらった人はコピーする
3/ 色紙を使用するー色に会ったイメージの紙の彫刻、自立する立体的なものを制作する
4 /最後に、目隠しをとると紙は全て黒だった。イメージと現実のギャップに驚く。

見ただけで覚えるのは案外難しい。
電話番号を覚えなくなった。
経験の中に他の感覚を取り入れると記憶が増す。
目隠しをとる前に集中してもらう。
全部黒になってる。

◎先入観、ステレオタイプ、既成概念

コーヒーカップの描き方
コーヒーカップ横から見た絵が一般的だろう。
もし真上から見たコーヒーカップの絵を描いた子どもがいたら
きっと先生は「コーヒー珈琲カップに見えないよ」と言ってしまうだろう。
自分の視点で見た絵を描くのは素晴らしい事。
私達は視覚障害者の人といることでそのような事に気づく。

見た目で判断している。
子どもに同じように接したら子どもは窮屈。
図画工作の先生方はそういった教材を仕入れて
子ども達が同じような物を作る。

娘が小4のときの授業参観で
生徒の描いた沢山の鯉のぼりの絵がかざってあった。
皆同じような物。ぜんぜん泳いでいない。
その中で、少年タケは校舎の屋上にのぼり
鯉のぼりを上から見た絵を描いた。
鯉のぼりの口があいていて、とても元気がよい。
けれどもそのようなちょっと違った視点をもつと窮屈になる。

不登校の子ども達とワークショップをしました。
中3の女の子たちとワークショップをしました。
初め、誰一人挨拶をしない。
一番最初に行うプログラムとして目隠しのワークショップを先生方に薦めると
不登校の学生の不安を助長するので無理と言われた。

私は自身が参加した「DID ダイアモンド・イン・ザ・ダーク」
というプロジェクトを思い出した。真っ暗な中で行うワークショップ。
その中で人々の声がとても優しくなった。

不登校の子ども達と実際に目隠しワークショップを行った所とてもよかった。
優しくなる。頼る事が簡単にできるようになる。
人は困ったときは人に頼っても良い。

目が見えている事で見過ごしている事がある。
モノに対してやヒトに対してのいたわりの気持ち。
経験として伴う為に、目の見えない環境を感じる事は大切。

パリにある暗闇レストランでは視覚障害者がウェイターをしている。
お客は暗闇の中でワインを注ぐのも大変。
そこで、サプライズメニューというのを注文したが、美味しくなかった。
私達は目で頂いているのだな。あまり美味しくなかった。

なにか困った経験をすると仲良くなる。
日常的にそのような環境を作るのは大変。
ですから、ワークショップという形でそういった経験をしてもらう。

見えてる子ども達をテレビゲーム等で、刺激しエスカレートさせるのではなく
あえてとても不便な環境をつくる。
そのなかから得られるアナログ経験はとても貴重なのではないか?


パリ市にあるマリメット(?)という科学産業シティー
オエールというディレクターが制作した本の紹介。
岩崎さんの招待により彼女は数年前東京に来てお話をしてくださった。
ベネチアの町の様子を視覚障害者が触りながら記号化されている物を理解できるように
CDによる解説を聞きながら楽しむ本。実にきれいな本。

◎「Littele tree」ができるまで
私がとても信頼していた人がクモ膜下出血で亡くなった。
そのことをきっかけに人の存在感を表現する本を制作。
イタリア・ボローニャ絵本原画展でラガッツィー賞を頂いた本。

雪の中に小さな木の芽が芽吹く。
だんだんに成長して行く。
枝にはっぱが夏には緑が青青。
秋には紅葉。
天気の悪い日もじっと絶える。
冬は落葉。
春には桜が咲き
何年くりかえし、その場に立ち続け成長する
ときにはイルミネーションに彩られて人の役に立つ。
ある時木は無くなってします。
けれども他の場所に命が芽吹いて行く。

ボローニャで受賞した後、パリに行き視覚障害者再び会う。
この本は彼らに向けて制作した本ではなかったけれど
彼らがどのように楽しむか見てみたかった。

優しい指使いで木の様子を触手していく。
紙はとても弱い素材。電気書籍は今後ますます増えていくだろう。
けれども、紙は弱い素材だから接し方も優しくなる。

子どもに向けて本を制作して来た。
大抵大人が子どもに向けて制作したものは壊れにくいもの。
茶碗も瀬戸物ではなくプラスティック。
子どもは壊すてしまうという決めつけがある。
けれども、物は壊れるということを知るのは大切な情操教育。

本を制作したときは必ず試作を娘に見せる。
壊して欲しくない物でもびりびり破く。
ある時テープで修正して、また渡したら
娘がそれは大事なものだと気づき、丁寧に扱うようになった。

私はとても簡単な方法で誰もが参加できるワークショップを考えている。
現在、デジタルとアナログを同時に体験している時代。
日本に帰国した当初音楽の仕事をしていた。
LP、カセット、CDのデザインを考えなくればいけなかった。
3年のうちにCDのみになった。経済効率だけで考えるのではなく、
子ども達やいろいろな人に何かを伝える仕事をして行きたい。

◎7:3のバランス
海と陸
人間の体のの中の水分とそれ以外

私達は水の中に入ると感覚が鈍る。麻痺する。ですから溺れてしまいます。
陸地では感覚機能は敏感になる。小鳥の周波数も感じる。風も皮膚に触れる。
私達の感覚を目覚めさせてくれるのは海でなく陸。私たちはこの世界を失っては行けない。
この多彩な世界アナログの世界はきっと残されて行く。
その事をとても良く経験できたのは視覚障害者との経験。

視覚障害者にむけた点字ブロック/パネルはいろいろな物が見受けられるようになった。
けれども、最近視覚障害者がホームから転落し死亡する事故があった。
点字ブロック/パネルは途中までは案内が出来ているのに
あるときから谷の上に立たされているように何も分からなくなる場合があるようです。
国から助成金がでないとかそのような理由で。視覚障害者に入ってもらってチェックするべきだが
そうしたかは定かではない。福祉のお金めあてに妙な事が起きているのか?
原発についても同じです。ああなんて自分は無知なのか?何も知ろうとしなかった。と感じた。

マイノリティーについて制作された物は
マジョリティーの人にとってもとても良いヒントになる事がある。
多数決で決めるのは民主主義ではなくて少数の意見や経験から何かを学ぶ事が
本当の民主主義なのではないかと思う。

私は戦後生まれなので欧米文化にコンプレックスを持っている。
アメリカで真っ先にした事は対等になること。
観光客ではお金を落とす立場、みんな優しい。
その逆、お金をもらう立場になると厳しくなる。
地震以降、もっと日本の良さを伝えて行く、少数の意見を伝えて行く。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

◎岩崎さんのお話

駒形さんのお話は音声にした駒形さんの本。
皆さん、いろいろなキーワードを探したことでしょう。
私はお子さんと(ファーストコンタクト。のしごとを通して)の共有
は大切な言葉。話目の見えない人と繋がって行く。
駒形さんの仕事はグラフィックをしながら私達と視覚障害者をつなぐ項目を探すという事。

◎駒形さんへの質問ー「現在でも娘さんは作品制作を手伝っているのか?」
から発展してルールの話
(娘さんの話:現在はファッションデザインの仕事につき忙しい毎日を送っている。
時々買い物をしたり良い関係を築いている)

いたずら書きをしてはいけない。と一方的に禁止するのではなく
いたずら書きをしていい場所を作る、それ以外はダメ。
そしてそれでもしては行けない所にした場合にしかればいい。
子どもの為のルールをどのように制作して行けばよいか?
ルールを楽しめれば人生は楽しくなる。

たとえばスポーツ
サッカー/バスケ/ゴルフルールがあるから楽しい。

社会もルールがあるから楽しい。
私達のルールを押し付けるのではなくて
子ども達と共有できるルール。

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◎聴講して思ったこと
一人のクリエーターの経験、思想、人生が詰まった濃密な講演でした。
お話を聞いて私の心に一番響いた事は、駒形さんの娘さんに対する愛情です。
お子さんがお生まれになったときは、どう接して良いか分からなかったけれども
得意なこと=本を制作する事、によりコミュニケーション(経験と時間の共有)を
とっていく様子が容易にイメージとして浮かびました。娘さんの話をする時の
駒形さんはとても幸せそうで、本当に素敵なお父さんなのだと思いました。

ひとりの娘に注がれた愛情がやがて視覚障害者の方々、不登校の子どもたち、少年院の子どもたち
一般的な子どもたち、大人たちそして日本から世界へと駒形さんの本を通して広がって行きます。

駒形さんも子育て、本の制作、障がいや問題を持った方々と
一緒に学んでこられたのだと思いました。

どちらがマジョリティーで、どちらがマイノリティー
どちらが与える方で、どちらが受ける方
どちらが教える方で、どちらが学ぶ方
と分けることは全く意味のない事だとお話を聞いていて思いました。

駒形さんのそのような考え方はとてもホリスティックで
学校やワークショップで何かを教える立場の人間は
肝に銘じておかなければ行けない事だとひしひしと感じました。

私は普段、障がいを持った方と接する機会がありませんが
子どもに接する機会はたくさんあります。
社会的に見て弱者と思われがちな双方は少しも弱くなく
とても強い存在なのだと私達は気づかなくてはなりません。
それは経験や時間を共有すること(=コミュニケーション)
だけにより気づく事ができるのですね。

駒形さんの目に見えない経験や思想が
目に見える「本」という媒体に姿を変え
世界中の多くの人々に届いているということはとても素晴らしいです。
そのように「カタチ」にする事のできる駒形さんをとても羨ましくおもいます。
私もいつか何かの「カタチ」にできるといいなと思いました。
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by atelierhibari | 2011-08-02 17:43 | Lecture

Carlina Rinaldi + Manabu Sato

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a nursery school in Reggio Emilia

7月15日にイタリア文化会館で開催された
カルラ・リナルディ+佐藤学
「驚くべき学びの世界ーレッジョ・チルドレン代表に尋ねる」
の講演を聴きに行ってきました。

《備忘録》
私の覚えてること興味をもったことを私の解釈とともに私自身の為にメモされたものです。
このブログを読まれている方と共有いたしますが講演内容は
この数倍も素晴らしいものです。機会があれば是非ご本人からお話を伺ってください。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

◎子どもとは......
子どもたちは主体、市民としてー未来の市民ではなく現在の市民
生まれた時から大人に何かを提供できる存在
子どもが話をする時、文化の真髄を話す
子どもは新しい文化を持つ

◎子どもと教育と文化にとは?
子どもはどのような文化的イメージを持っているか?
子どもはどのような期待・要望・欲望を持っているか?
子どもはどのようにして物事を知るのか?
子どもはどのように学ぶのか?
教育するということはどういうことか?
学校が直面していることは何か?
文化を伝承するということ?
文化をつくるということなのか?

◎現在の子どもの一般的なイメージ......
子どもが持っていないもの、できないこと
何をしないか、何ができないかで(ネガティブな要素を取り上げ)定義する。
子どもに関するすべてを大人が決定できる、子どもは大人の所有物だと考える。
(心理学・精神分析学・教育学の様々な論などが、子どもはこのようなものであるという
イメージ・システムを作り上げる。ことばがない、歩けない、など)

子どもは何が出来るか?(ポジティブな要素を取り上げ)から出発する考えや活動する人が少ない。
「子どもはもろい、何もできない」ではなく「子どもが何を持っているか、できるか」と
顕在能力を強調する人は少ない。

◎子どものアイデンティティー/新しい子どものイメージ ー Rich and Powerful children
人生の意味を子ども自身が持つことが出来る。
子どもは生まれた時から学ぶ力を持っている。
(好奇心があり、源であり、能力に富んだ存在である)
子ども自身が自分自身の人生を創造する主役にならなければならない。
人生の意味を子ども自身が創造して行く。
選択するというのは、私たちが、正しい、正しくないと考えるのではなく
自分が選択したことにリスクを負ってもよい、責任を持ってもよいということ。

◎子どもの顕在能力 ー Wondering and Potential, If there is something..... I could do anything......
子ども自身が「自分は創造する力を持っている」と知っている。
人間が持つ素晴らしい特徴は、ポテンシャルがあるということ。(何々ができる、ということ)
学ぶ時の驚きや顕在能力を導くのは大人の役割。(もし○○があれば、○○ができる・・・)

子どもは世界と出会いたいし、どうやって出会えるのかを知っている。
子どもはPotential=可能性とCompetent =意欲を持っている。
生まれたての赤ちゃんに何ができるか?=生きること、生きたいという意欲がある。
母の乳を飲み、対話し、期待し、微笑み、対話の意味を知る、感情を持つ、泣き、笑い、愛する
なぜ?どうして?と自問する。他者と関係を持つことで、他者が学んでいる間に自分も学ぶことができる。
人間は愛に満ちている。愛でできているから、物、他人との相互作用により物事が変わっていく。
他者との関係をつくると同時に、自分を作り上げるという、自己創造を果たしている。
自分の人生に対する理論や解釈を作りあげていく。
人間にはミラーニューロンという誰かが感動したら自分も感動することができるという神経細胞を持つ。
自分は唯一無二のユニークな存在であるという権利を誰もが持っている。
自分の脳を作り上げる知識・時間・感動すべてがユニーク。人間全体が素晴らしい。

子どもは心と体を使い、ホリスティック(全体的)アプローチで物事を学んでいく。
美術も科学も一緒、さまざまな物事を分けてしまったのは大人である。
このホリスティック(全体的)アプローチでは、カテゴリー分けしてはいけない。
学びは学校に通いだしてから始まるのではなく家族・町の中で、生まれた時から好奇心を持って学んでいく。
他の子どもとの相互作用、人との関係によって学び、様々なことを認識し、感動する。

◎ラウラの日記 ー The Diary of Laura
レッジョでは3ヶ月から3才までの幼児乳児保育所(現地では『子どもの巣』と呼ばれる場所)に通う。
世間一般の子どもに対する概念ー子どもは〜をやらない
(歩かない、しゃべらない、自分を表現しない)で定義されている。
ラウラは子どもについての固定観念を変えさせてくれた。
子どもがいかにリッチでポテンシャルに富んだ存在かという事を示してくれた。

【ラウラ(10ヶ月の女の子)の様子】
*ここでは子どもの人差し指を使った「指差し」の暗号(Communication Sign)を
読むこと(decode)の大切さに着目してラウラの様子を観察して行きます。

1/ ベビーチェアーに座り、卓上の商品カタログを熱心に読んでいるラウラ
(読む=イメージや影像を解釈する、それがどんな意味を持っているのか、暗号を解く)

2/ ラウラはページをめくり、先生の方に少し肩をよせる(身体の言語を使っている)視線はカタログに。

3/ さらに先生に肩をよせ、先生を見つめる。(何かを問いかけ訴える様子)
左手の人差し指でカタログの腕時計を指差す。人差し指でコミュニケーションをしている。
 (身体・視線・顔の表情・人差し指の4つの言語を用いている)

4/ 先生は自分の腕時計にラウラの耳をあてた。ラウラは驚き、時計の音に集中している。
(子どもの問いにどのように応えるか、どのように好奇心を広げるか、大人は注意深く選ばなくてはならない)

これからの学校は、問題を解決することではなく、
新しい問いをどうやって作るのか子どもたちに学ばせる必要がある。
子どもの『なぜ?なに?』に力を与え、子ども自らが道を作る手助けとなる。
道がわかれば、子どもは自分自身がもっと大きなシステムの一部であることがわかるようになる。
(空があり、その向こうに宇宙がある、といったようなこと)

5/ ラウラは卓上の商品カタログの腕時計の写真に耳を押しあてる。
先生はラウラが驚き、びっくりすること、ラウラ自身で仮説を立て、考えることができる機会を与えた。
彼女の好奇心を広げた。(さまざまな機会をもとに、子どもは考える。
色々なものを結びつけることで仮説を立てそこから新しい発想をもつ)

写真の時計に耳を当てることを、大人は間違った解釈と捉えるが子どもは仮説を立てる努力をしている。
このことからも、新しい子どものイメージ、捉え方によって、学校、大人の考え方を見直すことができるのではないか?

子どもに向って話す、説明するのではなく、子どもに耳を傾けることが最も大切なこと。

子どもの為に時間を注ぐことは.....
→子どもに価値を与える
→何が重要な事か価値をみとめる
→感心を注ぐこと
→教育者も共に学ぶということ
→100の言葉を学ぶ
→全ての5感をもって耳を傾ける

"お互いに耳を傾ける場を持つ"

教育者はお互いに耳を傾けることばを作ることが大切
聴くための教育学を実現するため、教育者は道具・枠組み・仕組みを用意する。
子どもが探って理解するもの、自分の発見が価値のあるものなのだと自覚できるような。
それらは毎回アップデートしていく必要がある(場・空間・素材など)
教育者自身を見直し、永久に探求しつづけなければならない。
どんなチャンスがあるか、何を提供できるか、子どもと同時に美・創造は生まれる。
大人の子どもへのホリスティックアプローチは芸術(=世界を観る目)を育てる。
子どもたちは芸術家で研究者
場は子どもたちの好奇心を広げるものであるべき

"wonder learning" 驚きから学ぶ

学校は社会から影響を受け、社会に影響を与える。
学校はコミュニティが変化するための原動力を見つける場。
子ども・保護者・教育者が互いに関りあって作っていく。

関係性をつくる
コミュニケーションをとる
耳を傾ける
そして観察し、解釈し、記録(ドキュメンテーション)をとる。
あの、ラウラの驚いた顔を思い出してください。
子ども達は人類の大きな財産であり、私たちはより良い生活を作る努力をしなければなりません。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

◎佐藤学氏のお話

それまであった、子どもの見方を変えるという偉業をレッジョは行った。
Enfant(子ども)という言葉は「without sound / no sound」ことばをもたないという意味
Persona(大人)という言葉は『with sound』ことばをもつという意味からできた単語である。

「子どものアイデンティティ」という言葉は、レッジョの見つけた子ども現代の子ども像をあらわしている。
ルソーのエミールでは子どもは様々なものを吸収し育つ。
子どもは無色透明な感性のみを持つ者としさアイデンティティという言葉は青年期から出てくる。
子どもを自然現象、人格はなく感覚だけある存在だと捉えているが、これは近代子ども像。

学びは驚きから始まる。驚きから始まる学びは驚きに値する。
Wonder of learning / Wonder of learning of learning

西洋的伝統的な学びは
1/ 自分の内面を育てること(Cultivating Myself)
2/ 対話の伝統(他者の声を聴く)
このプロセスこそが学びである。

Conversation with others
Conversation with creation
Conversation with myself

学ぶ事の出発点は他者の声を聞く事

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

◎ Q & A

Q : 子ども達との活動で印象深いできごとは何ですか?

A : たくさんありすぎてます。熱中できるプロジェクトを毎日探し出し、毎日生まれているので数え切れません。
例えば、先日訪れた水とエネルギーのアトリエでは、光線や食について学びました。そこで「なぜ水は下に流れるの?」など
そいう質問が出て来て、大人も好奇心や失った想像力疑問を思い出すという場面がありました。

*佐藤学氏の印象深いプロジェクト
『すべてのものには影がある(蟻以外はね)』
子どもは光に興味を持ち、影に魅力を感じる。自分の影を見つけたときの驚き、すべてのものの影を探しだします。
しかしルーペで蟻を見ても影を見つけられなかったのでこんなタイトルになりました。(蟻に影がないことを心配していた)
大人は子どもに影を経験するチャンスを与える。なぜこんなことが起こるのか子どもが自分で考える手助けをする。

『ライオンの像のプロジェクト』
ライオンとの友情関係をつくるだけでなく、絵を描いたりねんどで創作しながら
ライオンの原点を探し出しライオンの力を見つける。
ライオンにまたがる勇気を持つ。観るだけではなく自分のものにする。
(上手に作る、ということではなく、自分の中に取り込む、
ライオンを自分のものにするために制作することは、現代アートと同じとワタリさん)
この時、子ども達は蟻やライオンの言語を話している。

Q : アトリエリスタ・ペダゴジスタの養成はどのように行われているのか?

A : 現場で直接子ども、先生、保護者と付き合いながら学ぶ。すべての教育者はもう一人の教育者と一緒に学ぶ。
ドキュメンテーションをつくることもとても大切。週3回ほど、起きたことやこれからの計画についてディスカッションしている。
大人は子どもと過ごしながら、明日、来週何をするか?を即興で考えだして行く。
それぞれの現場にあったものを作り続ける、常に変わっていくので永久に訓練している。
大学でレッジョアプローチ講座の博士課程を作りたいと考えている。

Q : ローリス・マラグッツィの思想や理論をどのようのに引き継いでいるのか?

A : マラグッツィの思想は完成した教育理論ではなく、常に挑戦し、刷新し、現代化させていくアプローチ。
戦後、レッジョ・エミリアの市民は、市の協力により、彼らが望む学校、新しい教育システムを作り出しました。
教育理論を生きたものにするため実践し、記録し、議論しました。教育理論を完成させるのではなく、常に新しい
マラグッツィのメソッドを行うことではなく、マラグッツィのものの見方で観察し、彼の考え方で教育学を創造すること。
大切なことはレッジョの町を使っていること、町の中で自分の価値を見出していくこと。

Q : 展示を観て、人工的な印象を受けたが、自然とのつながりについてどう考えていますか?

A : そのように感じたとしたら、私たちの表現不足かもしれません。自然とのつながりは大切にしています。
けれども自然とは、まわりの環境すべてのことであり、当然町も含まれる。
子どもに自分と環境についての関係を発見していって欲しい。
子どもと自然ではなく、子どもは自然なのだと知ること

佐藤学氏補足:日本では“子どもは自然の中で育つ”という根深い考えがある。“文化の中で育つ”という面が弱い。
この考えは日本と韓国くらいで世界の多くの国では、子どもは文化の中で育つと考えられている。
日本人の自然に対する考え方は異端であると知ることも大切なのでは?私たちの常識に疑問を持つことのきっかけになる。

Q : レッジョの施設について建築の面からどのような要望を持っているか?

A : 空間、素材、時間について、建築家と一緒に話す事もあるが、もともとある古い空間を使うこともある。
必要性に沿って改築する。内側の光、外側の光、広場、コミュニティにとっての価値、乳幼児施設は家族のためのサービスではなく、
子どもにとっての権利。クオリティの高い空間で過ごすことは子どもの持つ権利だから、良いものを与えなければならない。

Q : イタリアにはモンテッソーリ教育もあるが、異年齢教育についてどう考えているか?

A : モンテッソーリ教育からも多くの影響を受けている。モンテッソーリの先生達ともよく話をする。
レッジョでは子ども達をできるだけ同じ年齢にしている。誕生日が近い基準グループもある。
子どもは何ヶ月かの違いでかなり差があるから。しかし、園の中央にはピアッツァ(広場)があり、
異年齢の子達と出会う機会はたくさんある。それぞれの年齢の子達と過ごしたり、
ちがう年の子達と過ごしたり、いったり来たりしている。
異年齢の子ども達の相互作用を大切にしている。

佐藤氏補足:
モンテッソーリは casa(ホーム)
レッジョは community(コミュニティ)

町にも園にもピアッツァがあり、広場の概念はイタリアの文化にとってとても大切なもの。
みんなが集まって一緒に議論し、町にとって重要な決断をする場所。
みんなが関ることでそれぞれに責任が生まれる。
広場を使って生きていくのがうまい。

5才のグループが3才の子どもたちのために学校の秘密が描いてある本を作った。
これをやっていい場所はここだよ、とかこの場所は素敵だよ、あの先生は要注意!
など、あとから来る子にむけて、責任を持って説明し、準備を整える、未来のことを考える態度が現れている。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

◎聴講して思ったこと
ワタリウム美術館での展示鑑賞、そして出版された本を読み、さらにはレッジョエミリア市に出向き
5月からの約3ヶ月間レッジョ一色の毎日を送ってきました。その集大成としてこれまで学んで来た事の
おさらいをする機会を与えられたと思いこの講演を聴講しました。

レッジョ教育を初めて知ったときは誰もが激しい衝撃を受け、深く感動すると思います。
レッジョ教育を簡単な言葉で表すと「美術を取り入れたイタリアの幼児教育」となりますが
そのような言葉では語り尽くせないほど奥深く、他に類を見ない変則的、実践的な教育です。

私も初めて知ったときはその美しさ(プロジェクト、子どもたちの作品、幼児施設、先生たちや子どもたちでさえも!)
に目を奪われ、その表面的な事ばかりに気を取られていました。けれども、今では子どもを主体性のある市民と捉え、
彼らに耳を傾け、町ぐるみで暖かく、ゆっくりと育てて行くことのすばらしさに気づく事ができました。

レッジョ教育を知るという事は全ての大人とどうか関わるかという事を学ぶ手だてにもなるのではないかと思います。(子ども=人=大人)
私は現在大学や専門学校で講座を持たせて頂いていますが、このレッジョアプローチは青年〜大人の教育にも役立つ要素が沢山あります。
また、私がイギリスで受けて来た美術教育に多くの共通点を見いだす事が出来きます。イギリスの大学の先生 (チューターやレクチャラー)
のほとんどは大学卒業後に、先生になる為のコースを受講します。そこでレッジョ教育を学んでいるのでは?と思おうほど
そのアプローチは似通っています。おそらくその共通点は「ホリスティック教育」なのだと思います。

今後、自分の受けたイギリスでの教育と、このイタリアのレッジョ教育の良い所を取り入れ
コミュニケーションと対話をもって良い関係を築きながら、受講生の好奇心、可能性、意欲を育ていけるような
理想的な授業を展開する事ができたらなと密かに胸に秘めています。

教育というものに足の指先を踏み入れたほどで、まだまだ理論的、実践的に
学ばなくてはいいけないことは山ほどありますが、これから35年は働くつもりで(ウソ?ホント?)
ゆっくりカタツムリのペースで学んでいきたいと思っています。
これからも暖かく見守って頂けると幸いです。
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by atelierhibari | 2011-07-23 21:05 | Lecture

Bruno Munari

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先日、いつも大変お世話になっている方にお誘いいただき

葉山藝術大学のつくりかたPROJECT主催
「ムナーリの絵本」
ビジュアルコミュニケーションという視点でムナーリの絵本を見たとき
ブルーノ・ムナーリが表現したかった本はどのような意味をもつのだろう

というレクチャーを聴講しに行ってきました。

講師は真っ白いおヒゲが素敵な日本ブルーノ・ムナーリ協会代表、岩崎清氏。
1985年に勤務先の「こどもの城」の開館記念の特別事業として
「ブルーノ・ムナーリ展」を企画開催された方です。
ムナーリ本人に実際にお会いした方から貴重なお話を伺うことができました。

私自身、グラフィックデザインやイラストレーションに関わり
Visual Image(視覚画像)/ Visual Language(視覚言語)
Visual Communication(視覚伝達)/ Visual Narrative / Visual Storytelling(視覚物語)
を学んだり、教えたり、仕事にしていますので、これは是非いかなくちゃと
電車に揺られて1時間、逗子まで行ってきました。(帰りは2時間!)

ーーーーーーーーーーーーーー

《備忘録》
私の覚えてること、興味をもったことを私の解釈とともに私自身の為にメモされたものです。
このブログを読まれている方と共有いたしますが講演内容は
この数倍も素晴らしいものです。機会があれば、是非ご本人からお話をうかがってください。

◎本とは?

今回は絵本のお話ですから、まずは「本」の概念からお話しされました。
「本は文字と図版の組み合わせ」「本とは伝える目的を持ったもの」
さあ、この概念最後にはどう変化するのでしょうか?

◎「子どもと一緒に遊ぶ人」

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ブルーノ・ムナーリ展覧会/発明家/芸術家/著述家/
工業デザイナー/建築家/グラフィックデザイナー/子どもと一緒に遊ぶ人


ムナーリの展覧会カタログの表紙をお見せいただき
いかにムナーリがマルチに才能を発揮し、様々な仕事をしてきたか
特に、彼が「子どもと一緒に遊ぶ人」として優れていたかを教えてくださいました。

◎ビジュアル・コミュニケーションのお話

私たちが良く知る、アルタミラやラスコーなどの洞窟壁画とは異なる
15世紀頃のスウェーデンやアルゼンチンの洞窟壁画をお見せいただき
文字とも形ともつかないものが、文字に発展するには長い年月が
費やされたというお話をされました。そして、16世紀アステカの写本
胎蔵界マンダラ、東方の三博士を参照し
いかに「絵、サイン、ピクトグラムといったビジュアルが
文字より多くの情報を瞬時に伝える事をできる」かということをご説明されました。
今日では、文字による言語が芸術(ビジュアル)よりも重要視されていると指摘。
芸術(絵画、彫刻、工芸など)はそれぞれの言語をもっており
文字より優れた情報伝達能力があると解説。

ムナーリはまずは大人にこういった事を理解してもらいたかったそうです。
けれども、1960年代当時のイタリアの大人には理解されなかったそうです。ですから
「優れたアーティストは天から与えられた才能があるそれを社会や子どもたちに使うべきだ」
をコンセプトに子どもたちにさまざまな「文字でないもの」でその事を伝えはじめます。

◎ムナーリの本

ムナーリの制作した貴重な本を紹介してくださいました。
文字がなくても、ストーリーが理解できるナラティブなものや
五感、特に触感を刺激する素材をいかしたものが沢山ありました。
そしてこのような言葉を残しています。

「芸術(ビジュアル)は文字に変わる内容を沢山もっている」
「文字に変わる視覚(ビジュアル)が大切」
「芸術の文法(技法/テクニック)はいらない、遊びながら原理を学ぶ」
「芸術は難しいものではない」

・+ e −(プラスとマイナス)
・Structures(構築)
・Putting the leaves on(葉っぱをおこう)
・Say it by sign (記号で言おう)
・Images of reality(現実のイメージ)
・Transformation(トランスフォーメーション)
・Playing Cards(カードあそび)
・alphabet e fantasia(アルファベットとファンタジー)
・Mai Contebti (ぞうのねがい、息子アルベルト・ムナーリの為に制作された本)
・とんとん
・緑色の手品師
・三羽の小鳥の物語
・たんじょうびのプレゼント
 などなど

◎「ゼログラフィーア」

最後に「ゼログラフィーア」というゼロックス(コピー機)を使った実験をご紹介してくれました。
ムナーリは大量に同じ物を印刷する目的で作られたコピー機を使用し1点物の作品を制作しました。
(コピー機が作動している間に原稿を動かし、画像を歪ませる作品)このような実験から、
線、明暗、コンポジション、形 を学ぶ事ができる。
そして以下のような言葉も残しました。

「人間が機会に使われないで、機械の主人にならなければならない」

私がグラフィック学生だったころ、コピー機を課題の制作過程でびたび使用しました。
その中で「ゼログラフィーア」の影響を受けているであろう課題が沢山ありました。

◎本とは?ふたたび

さあ、ここで最初の概念に戻ります。

「本は文字と図版の組み合わせ」
「本とは伝える目的を持ったもの」

は正しいのでしょうか?
いいえ、本は文字がなくてもビジュアルを使い文字以上に表現する事ができます。
何か(情報/メッセージ)を伝える目的がなくても、本といっても良いのです。

◎まとめ

岩崎氏は最後に、先日世界遺産に登録された岩手県の平泉や小笠原諸島を例に
私たちが文字や言語による情報にばかり頼りその物の本質を忘れている事をお話しくださいました。
例えば、京都や奈良は観光地として有名ですがそれらはそもそも観光地として作られたのではなく
大仏や石像は文字のない時代に仏教を伝えるために制作されたイコン=視覚言語なのです。
仏教の何たるかを理解せず、京都や奈良を理解する事はできない。
私たちは文字による情報ばかりに頼るのではなく、実際、観て、経験し
本質を見極める事が大切だとおっしゃいました。

ーーーーーーーーーーーーーー

◎聴講して思ったこと

洞窟の中にある形にもならないような図形から文字に発展させた人間の偉業はすばらしく
今では文字のない生活など想像できません。それだけ「文字」は私たちの生活に
なくてはならないもの、知性と文化の象徴になっています。
それなのに、1960年代に「ビジュアル」に立ち戻ろうとしたムナーリは
すごい事に気がついたのだなと感動しました。

最近、ある専門学校の受講生とこんな話をしました。
多くの芸術家は芸術の本質を模索するために
原点回帰し、原始的、土着的なものに向う傾向があると。
例えば、ピカソ、マティス、ゴーギャンそして岡本太郎。
それらの原始的な芸術はアウトサイダーアートやアール・ブリュットと呼ばれる
正規に芸術を学んでいない障害を持った人々や子どもたちの芸術作品に通じるものがあります。
それらの中には純粋さや力強さや本質がみなぎっています。
原始的な生活をしている人、小さな子どもたち、文字を理解できない障害を持ったかたたち
は五感から受ける感覚のみを使用し、素晴らしい作品を沢山残しています。

そう考えると、素晴らしい発想や芸術性は文字による学びよりも、
多くの「形、素材、色、光や明暗」などに実際に触れる事が大切なのではないかと思いました。

また、国家の品格(藤原正彦書)のなかに、
「数学者になるには美的センスや創造性がなければならない。
でなければ美しい数式を導き出す事は出来ない」
というような事が書かれていたのを思い出しました。
そしてさらに、世界的に有名な数学者がどのような所で育ったかを調べると、
彼らはみな美しい緑に囲まれた田園風景のある所で
育っているというようなこともおっしゃっていました。

私はふと、美しい田園風景のある所は「形、素材、色、明暗」などを手で触れる事が出来る
「天然の文字のない絵本」なのではないかと思いました。
子どもたちはのびのびと自然に囲まれて育った方がよいと昔から言われていますが
それはまさにそういう事なのだなと改めて思いました。

私の働く専門学校の近くに、ある有名な幼児教室があります。
そこには、上品なお母さんに連れられた、同じような表情と洋服をまとった
とてもお行儀のよい、賢そうな子どもたちが沢山通っています。
ときどき、彼らの受けている教育は将来彼らの為に役立つのかな?と疑問に思います。
毎日様々な習い事をしている子どもたちも同様です。
もっとおもてに出て自分たちで作った遊びをすれば良いのにと思います。

最後に、この講義を聴講しブルーノ.ムナーリとビジュアル・コミュニケーション
という観点から文字にとらわれずに、物事の本質を捉える大切さや
私たちが原始人だった頃から持っている五感を磨く事が創造性に繋がるのだという事に気がつきました。
もちろん、文字や言葉そのものや、それらによる芸術、文芸、演劇を否定しているのわけはありません。
それらの芸術性を高める為にも幼い頃から「ビジュアル(形、素材、色、明暗)」を
取り入れた遊びをすることがいかに大切かということに改めて気づきました。

子どもの心を持ったダ・ヴィンチ、ムナーリのお人柄まであわせて、
様々な事を教えてくださった岩崎清氏に感謝します。
文字好きで、最近はそちらばかりに偏っている私に一石を投じてくれた講演でした。
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by atelierhibari | 2011-07-11 21:29 | Lecture

Shinro Otake @ NADiff a/p/a/r/t

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先日友人と大竹伸朗さんの
「NOTES 1985-1987」トーク&サイン
「時間の膜 1985-1987-2010 大竹伸朗」を聞きに
恵比寿のナディフまで行ってきました。

何気ない友人との会話の中で
「好きなんだよねー」がきっかけになり
「そういえば、近々トークあるけど行く?」
と軽いのりで行くことになったのです。
30分前に現地に到着し、席を確保。
トークが始まると満員御礼、立見客があふれていました。

2006年、東京都現代美術館で開催された全景 1955-2006
見逃している私には身近でご本人の話を聞くことの出来る良い機会でした。

以下備忘録と語録

ーーーーーーーーー
□備忘録

1977年、大竹氏が22歳のときに大学を休学し
ロンドンで1年過ごしたところから話は始まります。
(出版された本についている記録映像+音楽を流しながらの
トークに少し戸惑いましたが、次第になれて
記録映像+音楽+トークをうまく拾えるようになりました)

77年、彼が初めてロンドンを訪れた時、
Royal College of Artの卒業展 (Degree Show)
を見に行き出会ったのがRussell Mills
グラフィック・イラストレーション学科の作品になんの期待もせず見に行き
それがこうじてか大きな衝撃を受けたそうです。
それから大竹氏とRussell Millsの親交がはじまり、
後にDavid HocknyBrian Enoに出会うことになる。

それから度々ロンドンを訪れるようになる。
85年にはロンドンで作品を発表することになる。
当時の作品はあまり意味性が無くただただ膨大な記録があったそうです。
(コンセプトはあえて排除)
その頃の記録を1冊の本としてまとめ、別名「ネタ帳」としたのが
今回出版した「NOTES 1985-1987」

Russell Millsとの交流の中でとても影響を受けたのが
「膨大なノート」だったそうです。
とにかくアーティストは考え続けること、
それが何の役に立たなくても考え続けることが必要と思った。
そこから大竹氏の「記録」が始まったそうです。
大竹氏いわく、膨大なメモや記録映像の90%は作品になっていない。
でも、とにかく続けている。

□語録

「アート以外でも自分の興味のあることはつきつめる」
(音楽、料理、香水、スポーツなんでも)

「作品と自分との距離について考える」
みなたいてい同じくらいの距離から作品を観て感想を述べ合う。
でも作品から1cmの距離からでも10mの距離からみたっていいじゃないか。

「便利なことは落とし穴」
何が失敗で成功か解らない。担保を置くような絵はつまらない。
今は良くないと思っていることが10年後には役立つかも。

現代美術は基本「論理」が感情や感覚よりも大切とされているが
論理的である必要はなし。必然は続くもの。理由は無い。

「おれは美術を目指しているんだ!美術界は目指していない
だから、誰かが何を言おうが気にしない!」
ーーーーーーーーーーーーーー

大竹氏の話を聞いていて、中村信夫氏の「少年アート」を読んだときの
感じを思い出していました。二人ともロンドンでRCAを訪れ、
そこで様々な人々に出会い、色々なことに衝撃を受けました。
その当時の話が今でも新鮮に私達に伝わってきます。

二人の経験と私自身の経験を比べるのはおこがましいのですが
私も2000年に初めてロンドンを訪れたときにRCAの
グラフィック・イラストレーション学科Degree showを訪れ
衝撃を受けました。とにかく洗練されていて、新しくて、かっこ良かったです。
その2年後にロンドンでの生活を始めたのですが、学生生活の中で
大竹氏のように「記録」(ドキュメンテーション)=スケッチブックの重要性
に気づけたのが一番の収穫だったと思っています。
そして様々な人々との出会いも貴重なものでした。

今でも親しくお付き合いさせていただいているアーティストが
実は超有名UKロックバンドのボーカルのお母さんだったなんていうこともありました。
いつでも音楽と美術が深くつながっているのもロンドンらしい。

私は今、東京で生活し楽しい友人や家族に囲まれてとても幸せです。
東京もかなり魅力的で面白い街だと思うのですが、
不思議な出会いがあったり
日常の生活が映画の1シーンのように錯覚したり
沢山のヒントが隠れていたりするのが
(私が外国人だったことやそこで生活していたとしても
旅人的な感覚を持ち合わせていたこともあるのですが)
ロンドンのマジカルな魅力だということはいなめないなーと
77年当時のテムズ川沿いの映像を見ながら感じました。



By this river - Brian Eno
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by atelierhibari | 2010-10-03 22:37 | Lecture

Around 40 : The life of the single working woman

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セレブなアラフォーのおとぎ話 Sex and the City 2のジャパンプレミアが
六本木ヒルズで開催されたと同じ日にアカデミーヒルズで開かれた、
上野千鶴子さんの講演「アラフォーおひとりさまの生きる道」を傍聴してきました。

森美術館のメルマガでこの講演を知り、
「東大の先生はどのような講義テクニックを持っているのか?」と興味を持ち行ってみることに。
曲がりなりにも「先生」と飛ばれる仕事についていているにもかかわらず
「人前で話をする」ことにいまだ課題があり、今回は「話し方の勉強」と称し出席しました。
たった1000円で一流の先生の話を仕事帰りに気軽に聞くことができるのも魅力の一つでした。
申し込んだ後、改めてこの身の毛もよだつタイトルをチラ見しつつ
「そういうつもりは無いのにそうなりつつ私」と「そうなってもいいのかもしれないと思う私」
に何か一筋の光が差し込むかもしれないと思いやはり行ってみることに。

2007年にベストセラーになった「おひとりさまの老後」はまだ読んでいないのですが
言葉だけは知っていました。この頃はまだイギリス在住だったのですが
親切な母が私の一時帰国のたびに
「ねーねーなっちゃんみたいな人を負け犬っていうんだってー」とか
「なっちゃんもおひとりさまの老後のためにマンションぐらい買わないとねー」
と優しく教えてくれていました。なんて娘思いな母親なのでしょう。

さて、今回の講演とても楽しかったです。
上野先生のパワーポイントを使用した(最近では、PP無くして講義にあらずといわれるそうです)
無駄のない簡潔な講義、随所にちりばめられた知的でウイットにとんだサーカスティックな
ジョーク。このジョークを言うとき、ちっとも誇張せず、サラッと言ってのけます。
けれども、聴衆は見事にこのジョークをキャッチしケラケラ笑う場面が多々ありました。
英国人の好む「知的でサーカスティック」な笑いを久々に感じました。

とくに先生の使う言葉の表現(他の学者たちがが考えだしたものもありますが)
が面白かったです。たとえば
・シングルアゲイン(バツ1)
・おひとりさま予備軍(旦那といつか分かれてやると思っている人)
・なしくずしシングル(結婚願望はあるのに独身で居続ける人)
・女の賞味期限(35歳)
などなど、女性にとってかなり辛辣な言葉なのに
なんだか笑ってしまうのは先生の人柄のせいなのでしょうか?

講演の内容をここで詳しくお話すると長〜くなってしまいます。
都市と地方の違い、母と娘の関係、男と女、性と結婚、介護と老後、孤独死、
おひとりさまを支えるお金と家と時間についてなど様々な角度から掘り下げた
講義内容は、既婚者にも未婚者にも非婚者にもためになるお話でした。
興味のある方にはお茶でもしながら続きをお話します。

ちなみに、先日61歳の母はシルバーフリーパスを使用し
Sex and the City 2を見に行き大興奮して帰ってきました。
相当楽しかったようです。
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by atelierhibari | 2010-06-14 11:37 | Lecture