atelier HIBARI

TACTILE

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Photo taken at didart, Reggio Emilia

お勉強シリーズ第3弾(?)
先日訪れた逗子での講演「ムナーリの本」の講師岩崎清さんにお誘いいただき
東京青山にあるこどもの城で開催された駒形克己さんの講演
「TACTILE=触覚」を聴講してきました。

現在、東京都渋谷区松濤にあるギャラリーTOMにて「駒形克己の触察本」展が
「ぼくたちがつくったもの2011」展と同時開催されています。8月31日(水)までです。

最近、貴重なお話を聞く機会が本当に多いです。ありがたいことです。
インプットばかりでなかなかそれらをいかしきれていないような気がしますが....
これらの経験が積み重なりいずれどこかでいかせる時が来ることを信じて....
理論×実践、自転車の前輪と後輪のバランス(レッジョの考え)で活動できたらいいなと思います。
(この夏、3つの異なる子ども向けワークショップを主催または参加するので、是非そこで!)


《備忘録》
私の覚えてること興味をもったことを私の解釈とともに私自身の為にメモされたものです。
このブログを読まれている方と共有いたしますが講演内容は
この数倍も素晴らしいものです。機会があれば是非ご本人からお話を伺ってください。

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駒形克己さんは造本作家/グラフィックデザイナー。
日本グラフィックデザインセンター、永井一正さんのアシスタントを経て
1977年、23歳の時に渡米。

こんな言葉から講演は始まりました。
永井一正さんに言われた言葉がずっと心に残っている。
「狭い道を歩きなさい。狭い道から広がる世界があります。」
その言葉はずっと35年心にのこりその言葉をいかそうと頑張って来た。

◎ニューヨークへ −結婚、子どもをもつー
23歳で渡米したときには言葉は全くしゃべれず
何とかなるだろうという気持ちでいたが何とかならなかった。
3年間はLAで沢山の仕事をした。その間にポートフォリオを準備し
NYにアプローチしようと思いました。NYの方がよりチャンスがあると考えたからです。
NYに移り3ヶ月が経った頃にCBSというテレビ局で募集があり就職できることになった。
それまで紆余曲折あった。3ヶ月間これはというデザイン事務所にあたるが
ポートフォリオを置いてくのみ。しばらくするとポートフォリオを
とりに行くだけで何も起こらなかった。CBSを受けるときにポートフォリオを
置かなくていい方法を考えました。ポストカードサイズの小さな物を制作し
「私のポートフォリオはあまりにも小さいので置きに行く事ができません」といった。
その結果面接に至り合格する事ができた。
職場の前にはMoMAがありよく仕事帰りに立ち寄った。

1983年帰国、6年後に結婚しました。
子どもができ、そこから子どもの本づくりが始まりました。
最初は子どもとどのように接して良いのか分からなかった。
お母さんはお腹にいるときから一緒だけれど子どもにとってお父さんは
「誰この人?」という感じだと思います。それを生後3ヶ月の娘から感じました。

私は彼女の目が見えているのだろうか?と確かめました。
彼女の視線を集めたいと思いました。
様々な色彩を使ったカードを制作しましたが意外にも彼女が反応を示したのは
白と黒のコントラストの強い物。
お母さんのおっぱいは妊娠とともに黒くなる。
「なぜ?」それは、視線がおぼろげな赤ちゃんにとってサインのような物ではないか?
食べ物の場所が分かりやすいように黒い。しかも形はまるで、丸い目玉のようなのです。
信頼を会得する為にアイコンタクト、目と目を合わせるという事が
赤ちゃんのときから刷り込まれている(インプリント)のではないかと思いました。

そうして子どもが反応するカタチだけ集めた物が1990年に発行された「FIRST BOOK」
私はただ単に娘が反応するのが楽しくてこのようなカードを制作しました。
この事により娘と経験を共有するという事が出来ました。
コミュニケーションというのはラテン後のルーツをもつ
コミュニケールから由来し本来は共有するという意味です。
行為や経験を共有することによりコミュンケーションが育まれると強く思いました。
私はこんなふうにカードを通し、娘とコミュニケーションをとることに没頭していました。
そのうち娘が、生後6ヶ月で色に反応するようになる。
一変に色々な物を見せると目が右に左にめまぐるしく動き
そのうち泣き出してしまった。私は色も順番に見せて行く工夫が必要なのではと思い
「PLAY WITH COLORS」という本を制作。

◎世界へ羽ばたく絵本
パッケージから出すとバラバラになってしまうところが日本の書店には受け入れられなかった。
ですから、ニューヨークのMoMAに持って行った。とても喜んでいただき
1992年のクリスマスにMOMAで大々的にディスプレイされました。
その時たまたまディスプレイをみたパリの図書館司書の人が「PLAY WITH COLORS」見つけて以後
ヨーロッパで盛んにワークショップや展示が行われるようになりました。
その後、ポンピドゥーセンターのソフィー・キューテルが興味を持ってくれて
彼女から視覚障害者の為の本を制作してみませんかというお話をいただきました。
視覚障害者と関わった事がなかったのでお断りしようと思ったのだけれども
熱心に薦めてくれるので一度パリに打ち合わせをしに行こうと思いました。
視覚障害者の為の本を制作作しているビジョンという名の出版社を9.11に訪れました。
ソフィーさんは「視覚障害者と健常者が共有できる本を制作したい」といいました。
この「共有」は私自身のテーマでもあったため心に響きやってみようかなと思い受ける事にした。
彼女が制作している本「アリとレオ」を見せていただきました。
財布を落としてしまったのはアリなのか?レオなのか?と判断するお話。
財布の中には何がはいっていた?本はエンボスで制作され
最後のページにあるポケットの中にお財布に入っていた
全ての物が入っている(コインやチェーンなど)

ソフィーは私に宿題を出しました。視覚障害者のかたに「カタチ」を理解してもらう本の制作。
カタチ、まる、さんかく、しかくを見せるだけでなく
「カタチの変化」を捉えられないかと考えました。
視覚障害者の方が触手によりカタチを感じられる本を制作。
「Little eye」と同じくそれらのカタチを本の中におさめる努力を
印刷会社の職人さんと頭を悩ませました。
表紙に大きな点字を使用しました。モニタリングをしてくれるシルヴィに送った所
やはり何がなんだか分からないという答えが帰ってきました。
サイズを変えたり試行錯誤している中でシルヴィから励ましの言葉をもらった。
「はじめ、触りながらこれが点字だと分からなかったけれど
ある瞬間これが展示と分かった時とてもワクワクした」とおっしゃいました。
私は視覚障害者の人達に今まで作られた本を沢山見せて頂いたけど
私達の見えている世界を置き換えた物が多かった。
私達が本を経験しているときに想像力を伴う作業をしているのではないかと思いました。
例えば、夏目漱石の「坊ちゃん」10人の読者がいれば10通りの坊ちゃん像がある。
想像力を楽しむ事が本の要素としてある。子どものものは分かりやすいものを選びがちで
マンガっぽいものやアニメっぽいものが増えて来ているように思います。 
本を経験する中で想像力を楽しむという事は捨てがたい事。
もちろん、何が良くて、悪いという訳ではなくて
色々なアプローチがあっていいのだなと考えました。
たとえそれば多数に向けたものでなく、少数に向けたものでも
幅が広がるのならぜひ挑戦したいと思いました。

◎「折ってひらいて」ができるまで
視覚障害者の為の本は両手で触手するのでしっかり見開く事が出来ないと行けない。
ほとんどの本はリングで綴じている。もっと本を広く感じて欲しいと思いました。
私は印刷会社の人にリングを使用せずに完璧に見開くようにとお願いしました。
紙も視覚障害者の方に感じてもらいました。
視覚障害者が「この紙きれい」といった紙はとても高価なもでした。
厚みがあって印刷がしにくいものでした。
私や弱視の方が楽しめるよるよう美しい色が出るよう努力した。
視覚障害者のかたたちが創造して楽しめる物を目指しました。
心臓の動きを視覚障害者の方たちにどう伝える事ができるか?
心臓は小さくなったり、大きくなったりします。折り紙でポンプの動きを表現した。

私達は時々自分の気持ちを隠してしまいます。この本でも同じ事がおきます。
隠されているのだけれど、この本がとても好評になった。
日本では需要がないのでばっさり切られてしまった。
杉並区にある盲学校にいったけれど、布製の手づくりの物はあるが
出版物としての視覚障害者向けの本はありません。
そこでこの本をフランス語版と日本語版を500部制作。
1万円以上するという事実に怒りを怒りを覚える消費者も現れる。
出版社はコストを下げることを常に考えている。けれどもそこに至らない場合もある。

一昨年、このような時代だからこそこのような本があっても良いと思い重版した。
様々なアプローチがあって良いと思った。アプローチの幅が表現の幅を広げる。
これからの時代は「競争」ではなく「共生」が必要なのではないかとおもった。
いろいろな価値観を共有したいと考えた。

◎「LEAVES」ができるまで
この本のあと、ポンピドゥーセンターから正式にオファーがきました。
ポンピドゥーセンターの中にはハンディキャップも持った人の為の
プロジェクトチームがあります。そこで別な本を作って欲しいということで
「LEAVES」という四季の移り変わりを気を通して感じる事の出来る本を制作した。
けれども視覚障害者の人は見る事も、感じる事も出来ない。
ならば本の中でそれを感じてもらいたいとこの本を制作しました。
表紙は点字に色を付けました。点字はとても制約の多い物。
A4サイズにタイプを打つ事ぐらいしかできません。
ある日本の会社がシルク印刷を使用し色を付ける技術を開発し特許をもっている。
でも、一部の人は点字で遊んで欲しくないという言葉がでました。
まだまだ難しい世界だと思った。何か展示をキラキラと宝石のように見せたいと思った。
この本はいろいろな紙のテクスチャーを持っている。
葉っぱの色をあえて白にしたのは、視覚障害者の人は色が見えない。
私たちから色を奪ったら色を創造して見る事になるのではと思いました。
葉っぱにはいろいろな種類があります。いちょう、もみじ、桜の葉っぱ...

この時12歳の男の子にモニタリングしてもらいました。
最初の頃は葉っぱの中央にいくつかの虫食いがあったのだけれども
葉っぱのふちにつける事にしました。
視覚障害者の子どもたちは「周りの形を把握しなさい」と指導されているので
葉っぱのふちを触って何もないと、葉っぱの中央にある虫食いの変化に気づかなかった。


◎様々な場所でのワークショップ
1/ ポンピドゥーセンターの視覚障害者向けのワークショップ
目の見える人には目隠しをしてもらいます。
この時は非常に実験的なワークショプでした。
様々な素材を目隠しして触ってみるというもの。

2/ エクスプロバンスの美術学校でタクタイルのワークショップ
健常者に向けてのワークショップもしている。

3/ マルセイユにある聴覚障害者の学校
会話は手話。ビジュアルな人達なのでイメージにとても素早く反応していた。

4/ ラユニオン
ダブルレインボー(虹が二つかかっている写真) ただ見せたかっただけ(笑)
ラユニオンはマダガスカル島の小さな島。
そこで私の展覧会視覚障害者向けのワークショップを開きました。
視覚障害者にとって私達と共有する事はとても大切な時間

5/ ボローニャの少年院
少年院でワークショップ16-18歳を対象
タクタイルのワークショップをして
とても大人しいいい子になりました。

6/ パリのエンサド(?)という美術学校でのワークショップ
視覚障害者にむけたプロジェクト
学生たちと向き合いながら一人一人面談しながら
ディレクションし最終的に1冊の本を作り上げるプロジェクト
全部で5日間パリに滞在しました。

とても面白いアイデアが生まれました。
表情を伝える/糸が本の中にある/劇場
海の世界をエンボスで表現/王様の話
音の形(砂が動く形で音を感じる物を聴覚障害者にむけて)
色覚異常の生徒の色覚異常の人の為の本
(20に一人5%が色覚異常がある、女性にはない
染色体の数後外に寄る)
世界には8つの山脈があると調査しその本を制作

◎TACTILE=触覚ワークショップの内容
こちらに1枚の紙があります。
これを3回おります。
角をハサミで切り取ります。
この紙を広げるとどのような形が現れるでしょうか?
この形が2つの正方形が現れました。
(違うコーナーを切る×2回)

これで算数が伝えられる
二つに折るという事は2乗を表している
三つに折るという事は3乗を表している

数式より楽しく算数を学ぶ。
目隠ししながらこれをやる。
子ども達の興味を引く。
私達は普段、教える事でどこか一方的になっているの。
入り口を工夫すると子どもたちは入りやすくなる。

このワークショップにはステージが3段階(正式には4段階)あります
1/ 先ほど紙を3回追って1カ所切るという作業をする
2/ 目隠ししたまま切った物を隣の人に渡す
  目隠ししたままもらった人はコピーする
3/ 色紙を使用するー色に会ったイメージの紙の彫刻、自立する立体的なものを制作する
4 /最後に、目隠しをとると紙は全て黒だった。イメージと現実のギャップに驚く。

見ただけで覚えるのは案外難しい。
電話番号を覚えなくなった。
経験の中に他の感覚を取り入れると記憶が増す。
目隠しをとる前に集中してもらう。
全部黒になってる。

◎先入観、ステレオタイプ、既成概念

コーヒーカップの描き方
コーヒーカップ横から見た絵が一般的だろう。
もし真上から見たコーヒーカップの絵を描いた子どもがいたら
きっと先生は「コーヒー珈琲カップに見えないよ」と言ってしまうだろう。
自分の視点で見た絵を描くのは素晴らしい事。
私達は視覚障害者の人といることでそのような事に気づく。

見た目で判断している。
子どもに同じように接したら子どもは窮屈。
図画工作の先生方はそういった教材を仕入れて
子ども達が同じような物を作る。

娘が小4のときの授業参観で
生徒の描いた沢山の鯉のぼりの絵がかざってあった。
皆同じような物。ぜんぜん泳いでいない。
その中で、少年タケは校舎の屋上にのぼり
鯉のぼりを上から見た絵を描いた。
鯉のぼりの口があいていて、とても元気がよい。
けれどもそのようなちょっと違った視点をもつと窮屈になる。

不登校の子ども達とワークショップをしました。
中3の女の子たちとワークショップをしました。
初め、誰一人挨拶をしない。
一番最初に行うプログラムとして目隠しのワークショップを先生方に薦めると
不登校の学生の不安を助長するので無理と言われた。

私は自身が参加した「DID ダイアモンド・イン・ザ・ダーク」
というプロジェクトを思い出した。真っ暗な中で行うワークショップ。
その中で人々の声がとても優しくなった。

不登校の子ども達と実際に目隠しワークショップを行った所とてもよかった。
優しくなる。頼る事が簡単にできるようになる。
人は困ったときは人に頼っても良い。

目が見えている事で見過ごしている事がある。
モノに対してやヒトに対してのいたわりの気持ち。
経験として伴う為に、目の見えない環境を感じる事は大切。

パリにある暗闇レストランでは視覚障害者がウェイターをしている。
お客は暗闇の中でワインを注ぐのも大変。
そこで、サプライズメニューというのを注文したが、美味しくなかった。
私達は目で頂いているのだな。あまり美味しくなかった。

なにか困った経験をすると仲良くなる。
日常的にそのような環境を作るのは大変。
ですから、ワークショップという形でそういった経験をしてもらう。

見えてる子ども達をテレビゲーム等で、刺激しエスカレートさせるのではなく
あえてとても不便な環境をつくる。
そのなかから得られるアナログ経験はとても貴重なのではないか?


パリ市にあるマリメット(?)という科学産業シティー
オエールというディレクターが制作した本の紹介。
岩崎さんの招待により彼女は数年前東京に来てお話をしてくださった。
ベネチアの町の様子を視覚障害者が触りながら記号化されている物を理解できるように
CDによる解説を聞きながら楽しむ本。実にきれいな本。

◎「Littele tree」ができるまで
私がとても信頼していた人がクモ膜下出血で亡くなった。
そのことをきっかけに人の存在感を表現する本を制作。
イタリア・ボローニャ絵本原画展でラガッツィー賞を頂いた本。

雪の中に小さな木の芽が芽吹く。
だんだんに成長して行く。
枝にはっぱが夏には緑が青青。
秋には紅葉。
天気の悪い日もじっと絶える。
冬は落葉。
春には桜が咲き
何年くりかえし、その場に立ち続け成長する
ときにはイルミネーションに彩られて人の役に立つ。
ある時木は無くなってします。
けれども他の場所に命が芽吹いて行く。

ボローニャで受賞した後、パリに行き視覚障害者再び会う。
この本は彼らに向けて制作した本ではなかったけれど
彼らがどのように楽しむか見てみたかった。

優しい指使いで木の様子を触手していく。
紙はとても弱い素材。電気書籍は今後ますます増えていくだろう。
けれども、紙は弱い素材だから接し方も優しくなる。

子どもに向けて本を制作して来た。
大抵大人が子どもに向けて制作したものは壊れにくいもの。
茶碗も瀬戸物ではなくプラスティック。
子どもは壊すてしまうという決めつけがある。
けれども、物は壊れるということを知るのは大切な情操教育。

本を制作したときは必ず試作を娘に見せる。
壊して欲しくない物でもびりびり破く。
ある時テープで修正して、また渡したら
娘がそれは大事なものだと気づき、丁寧に扱うようになった。

私はとても簡単な方法で誰もが参加できるワークショップを考えている。
現在、デジタルとアナログを同時に体験している時代。
日本に帰国した当初音楽の仕事をしていた。
LP、カセット、CDのデザインを考えなくればいけなかった。
3年のうちにCDのみになった。経済効率だけで考えるのではなく、
子ども達やいろいろな人に何かを伝える仕事をして行きたい。

◎7:3のバランス
海と陸
人間の体のの中の水分とそれ以外

私達は水の中に入ると感覚が鈍る。麻痺する。ですから溺れてしまいます。
陸地では感覚機能は敏感になる。小鳥の周波数も感じる。風も皮膚に触れる。
私達の感覚を目覚めさせてくれるのは海でなく陸。私たちはこの世界を失っては行けない。
この多彩な世界アナログの世界はきっと残されて行く。
その事をとても良く経験できたのは視覚障害者との経験。

視覚障害者にむけた点字ブロック/パネルはいろいろな物が見受けられるようになった。
けれども、最近視覚障害者がホームから転落し死亡する事故があった。
点字ブロック/パネルは途中までは案内が出来ているのに
あるときから谷の上に立たされているように何も分からなくなる場合があるようです。
国から助成金がでないとかそのような理由で。視覚障害者に入ってもらってチェックするべきだが
そうしたかは定かではない。福祉のお金めあてに妙な事が起きているのか?
原発についても同じです。ああなんて自分は無知なのか?何も知ろうとしなかった。と感じた。

マイノリティーについて制作された物は
マジョリティーの人にとってもとても良いヒントになる事がある。
多数決で決めるのは民主主義ではなくて少数の意見や経験から何かを学ぶ事が
本当の民主主義なのではないかと思う。

私は戦後生まれなので欧米文化にコンプレックスを持っている。
アメリカで真っ先にした事は対等になること。
観光客ではお金を落とす立場、みんな優しい。
その逆、お金をもらう立場になると厳しくなる。
地震以降、もっと日本の良さを伝えて行く、少数の意見を伝えて行く。

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◎岩崎さんのお話

駒形さんのお話は音声にした駒形さんの本。
皆さん、いろいろなキーワードを探したことでしょう。
私はお子さんと(ファーストコンタクト。のしごとを通して)の共有
は大切な言葉。話目の見えない人と繋がって行く。
駒形さんの仕事はグラフィックをしながら私達と視覚障害者をつなぐ項目を探すという事。

◎駒形さんへの質問ー「現在でも娘さんは作品制作を手伝っているのか?」
から発展してルールの話
(娘さんの話:現在はファッションデザインの仕事につき忙しい毎日を送っている。
時々買い物をしたり良い関係を築いている)

いたずら書きをしてはいけない。と一方的に禁止するのではなく
いたずら書きをしていい場所を作る、それ以外はダメ。
そしてそれでもしては行けない所にした場合にしかればいい。
子どもの為のルールをどのように制作して行けばよいか?
ルールを楽しめれば人生は楽しくなる。

たとえばスポーツ
サッカー/バスケ/ゴルフルールがあるから楽しい。

社会もルールがあるから楽しい。
私達のルールを押し付けるのではなくて
子ども達と共有できるルール。

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◎聴講して思ったこと
一人のクリエーターの経験、思想、人生が詰まった濃密な講演でした。
お話を聞いて私の心に一番響いた事は、駒形さんの娘さんに対する愛情です。
お子さんがお生まれになったときは、どう接して良いか分からなかったけれども
得意なこと=本を制作する事、によりコミュニケーション(経験と時間の共有)を
とっていく様子が容易にイメージとして浮かびました。娘さんの話をする時の
駒形さんはとても幸せそうで、本当に素敵なお父さんなのだと思いました。

ひとりの娘に注がれた愛情がやがて視覚障害者の方々、不登校の子どもたち、少年院の子どもたち
一般的な子どもたち、大人たちそして日本から世界へと駒形さんの本を通して広がって行きます。

駒形さんも子育て、本の制作、障がいや問題を持った方々と
一緒に学んでこられたのだと思いました。

どちらがマジョリティーで、どちらがマイノリティー
どちらが与える方で、どちらが受ける方
どちらが教える方で、どちらが学ぶ方
と分けることは全く意味のない事だとお話を聞いていて思いました。

駒形さんのそのような考え方はとてもホリスティックで
学校やワークショップで何かを教える立場の人間は
肝に銘じておかなければ行けない事だとひしひしと感じました。

私は普段、障がいを持った方と接する機会がありませんが
子どもに接する機会はたくさんあります。
社会的に見て弱者と思われがちな双方は少しも弱くなく
とても強い存在なのだと私達は気づかなくてはなりません。
それは経験や時間を共有すること(=コミュニケーション)
だけにより気づく事ができるのですね。

駒形さんの目に見えない経験や思想が
目に見える「本」という媒体に姿を変え
世界中の多くの人々に届いているということはとても素晴らしいです。
そのように「カタチ」にする事のできる駒形さんをとても羨ましくおもいます。
私もいつか何かの「カタチ」にできるといいなと思いました。
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by atelierhibari | 2011-08-02 17:43 | Lecture