atelier HIBARI

Bruno Munari

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先日、いつも大変お世話になっている方にお誘いいただき

葉山藝術大学のつくりかたPROJECT主催
「ムナーリの絵本」
ビジュアルコミュニケーションという視点でムナーリの絵本を見たとき
ブルーノ・ムナーリが表現したかった本はどのような意味をもつのだろう

というレクチャーを聴講しに行ってきました。

講師は真っ白いおヒゲが素敵な日本ブルーノ・ムナーリ協会代表、岩崎清氏。
1985年に勤務先の「こどもの城」の開館記念の特別事業として
「ブルーノ・ムナーリ展」を企画開催された方です。
ムナーリ本人に実際にお会いした方から貴重なお話を伺うことができました。

私自身、グラフィックデザインやイラストレーションに関わり
Visual Image(視覚画像)/ Visual Language(視覚言語)
Visual Communication(視覚伝達)/ Visual Narrative / Visual Storytelling(視覚物語)
を学んだり、教えたり、仕事にしていますので、これは是非いかなくちゃと
電車に揺られて1時間、逗子まで行ってきました。(帰りは2時間!)

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《備忘録》
私の覚えてること、興味をもったことを私の解釈とともに私自身の為にメモされたものです。
このブログを読まれている方と共有いたしますが講演内容は
この数倍も素晴らしいものです。機会があれば、是非ご本人からお話をうかがってください。

◎本とは?

今回は絵本のお話ですから、まずは「本」の概念からお話しされました。
「本は文字と図版の組み合わせ」「本とは伝える目的を持ったもの」
さあ、この概念最後にはどう変化するのでしょうか?

◎「子どもと一緒に遊ぶ人」

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ブルーノ・ムナーリ展覧会/発明家/芸術家/著述家/
工業デザイナー/建築家/グラフィックデザイナー/子どもと一緒に遊ぶ人


ムナーリの展覧会カタログの表紙をお見せいただき
いかにムナーリがマルチに才能を発揮し、様々な仕事をしてきたか
特に、彼が「子どもと一緒に遊ぶ人」として優れていたかを教えてくださいました。

◎ビジュアル・コミュニケーションのお話

私たちが良く知る、アルタミラやラスコーなどの洞窟壁画とは異なる
15世紀頃のスウェーデンやアルゼンチンの洞窟壁画をお見せいただき
文字とも形ともつかないものが、文字に発展するには長い年月が
費やされたというお話をされました。そして、16世紀アステカの写本
胎蔵界マンダラ、東方の三博士を参照し
いかに「絵、サイン、ピクトグラムといったビジュアルが
文字より多くの情報を瞬時に伝える事をできる」かということをご説明されました。
今日では、文字による言語が芸術(ビジュアル)よりも重要視されていると指摘。
芸術(絵画、彫刻、工芸など)はそれぞれの言語をもっており
文字より優れた情報伝達能力があると解説。

ムナーリはまずは大人にこういった事を理解してもらいたかったそうです。
けれども、1960年代当時のイタリアの大人には理解されなかったそうです。ですから
「優れたアーティストは天から与えられた才能があるそれを社会や子どもたちに使うべきだ」
をコンセプトに子どもたちにさまざまな「文字でないもの」でその事を伝えはじめます。

◎ムナーリの本

ムナーリの制作した貴重な本を紹介してくださいました。
文字がなくても、ストーリーが理解できるナラティブなものや
五感、特に触感を刺激する素材をいかしたものが沢山ありました。
そしてこのような言葉を残しています。

「芸術(ビジュアル)は文字に変わる内容を沢山もっている」
「文字に変わる視覚(ビジュアル)が大切」
「芸術の文法(技法/テクニック)はいらない、遊びながら原理を学ぶ」
「芸術は難しいものではない」

・+ e −(プラスとマイナス)
・Structures(構築)
・Putting the leaves on(葉っぱをおこう)
・Say it by sign (記号で言おう)
・Images of reality(現実のイメージ)
・Transformation(トランスフォーメーション)
・Playing Cards(カードあそび)
・alphabet e fantasia(アルファベットとファンタジー)
・Mai Contebti (ぞうのねがい、息子アルベルト・ムナーリの為に制作された本)
・とんとん
・緑色の手品師
・三羽の小鳥の物語
・たんじょうびのプレゼント
 などなど

◎「ゼログラフィーア」

最後に「ゼログラフィーア」というゼロックス(コピー機)を使った実験をご紹介してくれました。
ムナーリは大量に同じ物を印刷する目的で作られたコピー機を使用し1点物の作品を制作しました。
(コピー機が作動している間に原稿を動かし、画像を歪ませる作品)このような実験から、
線、明暗、コンポジション、形 を学ぶ事ができる。
そして以下のような言葉も残しました。

「人間が機会に使われないで、機械の主人にならなければならない」

私がグラフィック学生だったころ、コピー機を課題の制作過程でびたび使用しました。
その中で「ゼログラフィーア」の影響を受けているであろう課題が沢山ありました。

◎本とは?ふたたび

さあ、ここで最初の概念に戻ります。

「本は文字と図版の組み合わせ」
「本とは伝える目的を持ったもの」

は正しいのでしょうか?
いいえ、本は文字がなくてもビジュアルを使い文字以上に表現する事ができます。
何か(情報/メッセージ)を伝える目的がなくても、本といっても良いのです。

◎まとめ

岩崎氏は最後に、先日世界遺産に登録された岩手県の平泉や小笠原諸島を例に
私たちが文字や言語による情報にばかり頼りその物の本質を忘れている事をお話しくださいました。
例えば、京都や奈良は観光地として有名ですがそれらはそもそも観光地として作られたのではなく
大仏や石像は文字のない時代に仏教を伝えるために制作されたイコン=視覚言語なのです。
仏教の何たるかを理解せず、京都や奈良を理解する事はできない。
私たちは文字による情報ばかりに頼るのではなく、実際、観て、経験し
本質を見極める事が大切だとおっしゃいました。

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◎聴講して思ったこと

洞窟の中にある形にもならないような図形から文字に発展させた人間の偉業はすばらしく
今では文字のない生活など想像できません。それだけ「文字」は私たちの生活に
なくてはならないもの、知性と文化の象徴になっています。
それなのに、1960年代に「ビジュアル」に立ち戻ろうとしたムナーリは
すごい事に気がついたのだなと感動しました。

最近、ある専門学校の受講生とこんな話をしました。
多くの芸術家は芸術の本質を模索するために
原点回帰し、原始的、土着的なものに向う傾向があると。
例えば、ピカソ、マティス、ゴーギャンそして岡本太郎。
それらの原始的な芸術はアウトサイダーアートやアール・ブリュットと呼ばれる
正規に芸術を学んでいない障害を持った人々や子どもたちの芸術作品に通じるものがあります。
それらの中には純粋さや力強さや本質がみなぎっています。
原始的な生活をしている人、小さな子どもたち、文字を理解できない障害を持ったかたたち
は五感から受ける感覚のみを使用し、素晴らしい作品を沢山残しています。

そう考えると、素晴らしい発想や芸術性は文字による学びよりも、
多くの「形、素材、色、光や明暗」などに実際に触れる事が大切なのではないかと思いました。

また、国家の品格(藤原正彦書)のなかに、
「数学者になるには美的センスや創造性がなければならない。
でなければ美しい数式を導き出す事は出来ない」
というような事が書かれていたのを思い出しました。
そしてさらに、世界的に有名な数学者がどのような所で育ったかを調べると、
彼らはみな美しい緑に囲まれた田園風景のある所で
育っているというようなこともおっしゃっていました。

私はふと、美しい田園風景のある所は「形、素材、色、明暗」などを手で触れる事が出来る
「天然の文字のない絵本」なのではないかと思いました。
子どもたちはのびのびと自然に囲まれて育った方がよいと昔から言われていますが
それはまさにそういう事なのだなと改めて思いました。

私の働く専門学校の近くに、ある有名な幼児教室があります。
そこには、上品なお母さんに連れられた、同じような表情と洋服をまとった
とてもお行儀のよい、賢そうな子どもたちが沢山通っています。
ときどき、彼らの受けている教育は将来彼らの為に役立つのかな?と疑問に思います。
毎日様々な習い事をしている子どもたちも同様です。
もっとおもてに出て自分たちで作った遊びをすれば良いのにと思います。

最後に、この講義を聴講しブルーノ.ムナーリとビジュアル・コミュニケーション
という観点から文字にとらわれずに、物事の本質を捉える大切さや
私たちが原始人だった頃から持っている五感を磨く事が創造性に繋がるのだという事に気がつきました。
もちろん、文字や言葉そのものや、それらによる芸術、文芸、演劇を否定しているのわけはありません。
それらの芸術性を高める為にも幼い頃から「ビジュアル(形、素材、色、明暗)」を
取り入れた遊びをすることがいかに大切かということに改めて気づきました。

子どもの心を持ったダ・ヴィンチ、ムナーリのお人柄まであわせて、
様々な事を教えてくださった岩崎清氏に感謝します。
文字好きで、最近はそちらばかりに偏っている私に一石を投じてくれた講演でした。
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by atelierhibari | 2011-07-11 21:29 | Lecture